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本物語

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第83号 2025.11.30

八十代半ば夫婦のドイツ紀行(後編)

佐藤 辰夫

 我が夫婦のドイツ紀行2日目。フランクフルト空港からルフトハンザでベルリンへ向かう。9時過ぎにはベルリンのブランデンブルク空港着。地下鉄などの普通の交通機関は使えないのでタクシーでミッテ地区にあるホテルへ。10時ごろ到着。荷物を預け,見物に出る。先ずホテル近くのハウプトバンフォフ(中央駅)を目指した。駅周辺の広場を回っていたら観光バスの切符販売員が寄って来て,“2日間有効,何回でも乗り降り可”の切符をディスカウントするから買わないかのアプローチ。どうせ市内見物なら効率よくとの家内の言葉に賛同し,購入した。早速乗車し,2階の展望席に座った。バスは元領主の猟場で,面積が210ヘクタールもあるティーアルデンの周囲とその中の道路を,2時間で一周。何と緑の多いことか!と思った。センターポールの勝利の女神像や,東ベルリンの象徴テレビ塔が何度も見え,家内も感動。
 ウンターデンリンデンで降りてブランデンブルク門の前で写真を撮り,ホテルで貰った地図を見てホテルまで歩くことにした。北へ向かい,川を渡り,暫く行くとレンガ造りの古い建物が続いた。ふと目を上げると日本文字で森鴎外とあった。記念館になっているらしい。森閑として静まっていた。古風建築の間を抜けると中華料理店があり,家内もそろそろと言うので昼食をとることにした。店の人にホテルまで後どの位歩けば?と尋ねると,10分くらいとの返答だった。
 昼食を済ませ,メルキュールベルリンホテルに帰着,チェックインする。しばらく休んで,「さあ出かけよう」と家内と声をかけ合い,件の観光バスに再度乗車,午前の見物でできなかったベルリンの壁を目ざした。「ベルリンの壁」は主には写真の掲示で,壊された壁の跡という感じはなかった。少々がっかりして再度乗車,ブランデンブルグ門のあるウンターデンリンデンで下車。そこから歩いてみる。フンボルト大学の傍を通り,40分位で森鴎外の記念館前。そこは通過しただけでしばらく歩き続け,コッホの像を見る。その近辺に日本で言うなら大学の生協食堂?のような佇まいの食堂を見つけた そこでビールとワインを一杯,余り旨くないパスタを食する。それからハウプト・バンホーフ(ベルリン中央駅)近くのまずまずのイタリア料理店と思える店に入り,ミニストリーネを注文した。ピッツアのみとの事で腹も減っていたし食べることにした。まあ 旨かったね。ここまでで本日の「るるぶ」の「るる」(見る(・)・食べる(・))を終え,ベルリン空港から フランクフルトへの帰路に就くことにする。
 2時間前からルフトハンザの17時45分発フランクフルト行きの便を待ってその搭乗口と思えるところで待機していたのだが,そこはLCCのコンドル航空の搭乗口で,そこから同時間のフライト3つほど離れた場所にルフトハンザの搭乗口があった。それが分かるまでに係員に聞いたり,インフォメーションに戻ったりしたので,待っていた便には乗れず,最終便にぎりぎりで搭乗できた。
 翌日のフランクフルト中央駅からボッパルト市(青梅市と姉妹提携市)へ鉄道で向う時も切符購入,切符提示がドイツ語のみの対応でさっぱりわからず苦労したが,英語を話しているイラン人に話しかけたら,ボッパルトの先へ行くという学生を紹介してくれて,無事にボッパルトへ到着できた。
 駅で降りてタクシーの運転手にホテルを尋ねたら,ホテルは400メートル位先とのこと。ゆっくり歩いて無事到着。午後3時過ぎのチェックイン。家内も疲れたと言うので暫く休んでから,ホテルフロント係員に,このドイツ紀行の手配の際に連絡のあった「青梅・ボッパルト友好協会」の3名の方へのメールの送付を頼む。この3名の中の一人はホテルの支配人と友人のようで,30分くらいでホテルまで訪ねてくれた。  
 友好協会の方々は大変親切で,フルアテンドの接待を受けた。ライン中流域の観光地・ライン川の船下りでローレライを,川沿いの高地・ゲデオンセックの高地レストランでラインの蛇行を上から見たり,コブレンツという都市まで連れて行ってもらってケーブルカーで要塞を見学したりした。また,川沿いの趣のあるレストランでの歓迎会,ご自宅でのさよならパーティー,更にフランクフルト空港までの自家用車での送りまで,至れり尽くせりの対応をしていただき,家内と二人で,知り合い(関わる人)がいるといないとでは,同じ観光地でもこうも違うのか,親戚が出来たようだねと,しみじみ話し合った。
 そして今,ドイツには10月に「オクトーバー‐フェスティバル」というのがあり,非常に楽しいとも聞いたので,近々の内に尋ねたいものと思い始めている。
 加えて,姉妹都市とは何だろうと思っていたが,提携60周年に当たり訪問できたことは本当にラッキーだと思っている次第。……思いつくまま~。
 (訂正:前号のこの「ドイツ紀行」P.17・12行目『JTBるふふ』,正しくは『JTBるるぶ』でした。訂正します。三九出版)
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