コンテンツへスキップ

本物語

一覧へ戻る

第84号 2026.3.25

〔俳句を遊ぶ 4〕「花鳥諷詠」を越えんと

菅原 薫

 高浜虚子は1959年(昭34)に他界しましたが, 主宰の俳誌「ホトトギス」は縁者によって引き継がれ,ホトトギス派は,現在でも俳壇の主流を成しています。虚子が主唱した「花鳥諷詠」は,「自然界の現象」を詠むことが重視され,「人事界の現象」は軽視されたままのようです。しかし,私は,美しい自然を美しく詠むだけでは飽き足りないので,「人事界の現象」を詠むほうを重視してきました。
  動く葉は 尺蠖(しゃくとり)虫の 居りにけり  虚子
 田舎育ちの私にとっては,このような句は興味がありません。人間の情意を詠み込みたいのです。
  尺取りを 腕に這はせて 友を待つ
  尺取りに 箸測らせて 子らはしゃぎ  香風
後句は,遠足で弁当を食べたあとの光景と想定できるでしょうか。
  ゆらぎ見ゆ 百の椿が 三百に  虚子
 秀句ではなさそうなので,これなら, 「人事界の現象」を前面へ押し出せば,大虚子に挑戦しても勝てるかもと思って,  
  大椿 落ちては塀に 並べられ  香風
  遠山に 日の当たりたる 枯れ野かな  虚子
 虚子の代表句で,枯淡の心境を詠んだ句などと評されています。虚子本人は,故郷の実景を思い出して詠んだのだそうですが,鑑賞者は,自身の体験や知識をこの句と照らし合わせるのでしょう。私も秀句だと思いますが,「人事界の現象」重視の拙句を並べて見ましょう。
  遠山は ぢいぢ住む山 虹かかる
  遠山は ぢいぢの山よ 秋 夕日  香風
一覧へ戻る