コンテンツへスキップ

本物語

一覧へ戻る

第84号 2026.3.25

我が家のルーツを探る旅 (四)

岡本 崇

 2026/1/21 「今朝6時に大親友の武井昭高崎経済大学名誉教授が亡くなった」と,難波田ゼミ会の後輩で,高崎市に住む庄野勝久君から朝10時半頃ラインが入った。武井君は恩師,難波田春夫先生の弟子として活躍した学者なので哀悼の意を表したい。
 私は木津川市に来て22年近くになるが,毎日,終の棲家から家康が兜を脱いだ兜谷公園の向こうに見える生駒山を眺めながらご縁の有った方々の事などを思い出しながら過ごしてきた。生駒山の手前の奈良市の大渕池の際には壱岐出身の同級生の野口泰弘社長が住んで居るが,彼は中学1年までランプ生活であったらしい。公園の山の上にある高価な環境調和型鉄塔の電線には,私の故郷の水力発電所からも電気が来ているであろうと眺めているが,生駒山の向こうに武井君の母校の三国丘高校がある。高校の傍には大仙公園があり,その先には難波田春夫先生が新婚時代を過ごされた浜寺がある。グーグルに「大仙公園 岡本崇」と入力されると2007年に私が書いたレポートが読んでいただける。
 西吉野の山奥で育った私が,生まれて初めて関東へ行ったのは鎌倉と東京へ行った中学の卒業旅行だったと,この「ルーツを探る旅㈠」に書いたが,その鎌倉が私の先祖が大活躍した場所であり,東京の旅館を抜け出して,夜に見に行った東大赤門が加賀藩江戸上屋敷にあった門であり,入学した高崎経済大学のゼミの恩師の御先祖が加賀藩に居て,恩師は東大を出て終戦までは東大の助教授だったし,私の最初の勤務地が金沢で単身寮の前に恩師一族の難波田家が有った。私の31代前の祖の千葉忠常は難波田先生の先祖でもある。しかも高崎市は千葉一族のルーツの地で,大学の寮は私の25代前の祖が領有していた土地であった等,私が高崎の大学へ行ったご縁が誠に不思議だ。笹川良一氏は「世界は一家、人類みな兄弟」と申され,古文書教室の石川真弘先生がよく申されていたように,「人生というものは,まことに不思議なものだ」。
 2023/7/26 11時頃に,東京文京区の護国寺へ行く。この寺は,桂昌院が高崎市の大聖護国寺から亮賢僧正を招いて開山した寺であるが,私の故郷の五條市にある栄山寺がここの末寺になっているのも興味深い。私が東京音羽に住んで居た頃は毎朝この辺りを散歩していたので懐かしかった。東京見物を終えて高崎駅前のHTに行って,駅前のレストランに庄野君を呼んで一緒に夕食をした。翌27日は10時半頃に,東京から出て来た私の息子と一緒にレンタカーを借りて,高崎市内にある藤原定家を祀る神社へ行った。全国にただ一社しかない定家神社は何時建てられたか等の詳細は不明らしいが,私の25代前の祖,東胤頼がこの辺りを領していて,24代前の祖,東重胤が定家に歌を学び,23代前の祖,東胤行が藤原定家の孫と結婚していたというから, ご縁が有る神社だと思い初めて参拝した。その後,高崎市役所の展望台から上毛三山など周辺を眺めた後,高崎白衣大観音内部の9階へ昇った後、昼食をして,護国神社に立ち寄り,少林山達磨寺経由で大聖護国寺へ2時頃に行った。3時頃には母校の高崎経済大学に立ち寄り,伊香保温泉に着いたのは4時半頃だった。
 28日は5時半頃からホテルの裏山の展望台に登り赤城山方面を眺めた。「岸本信夫スケッチ紀行」に石段上から眺めた小野子三山を赤城山だと間違って書いてあったのを岸本さんに教えてあげた事を思い出した。伊香保神社に降りて来ると,千葉周作の事を書いた説明看板があった。学友の杉浦捷之君が住んでいる松戸市で育った周作は  ここでも剣術の鍛錬を行い,伊香保神社に北辰一刀流の額を掲げようとして,馬庭念流一門ともめて江戸に道場を開いたとか,弟の定吉道場には坂本龍馬が入門したと書いてあった。伊香保温泉横手館は懇意にしておられた難波田春夫先生の紹介で,大学4年の時にゼミを受けた旅館だが,不思議な事に岸本信夫氏が日本全国をスケッチして回り,最後に群馬県に来て泊まられた旅館でもある。卒業式に来てくれた私の母と宿泊したのも伊香保温泉であり,学生時代は榛名湖畔でよく遊んだ。榛名山頂上から榛名湖を眺めてから,高崎市箕郷町の龍澤寺へ行った。この寺は,千葉氏が修行の為に子供を預けた寺と云われる。その後は箕輪城に行き,高崎市内の妙見寺・妙見社へ行く。此処は千葉一族が信仰した妙見信仰の地であり,ここから,千葉神社・秩父神社・岐阜の明建神社へ勧請されている。妙見社を挟んですぐ西側には庄野君の家が有り,直ぐ東側には私の26代前の祖,千葉常胤が城主であったという蒼海城跡があるのでそこを見学した後,前橋市役所に行き展望台から高崎方面を眺めて楽しんだ。  千葉常長が再建したと伝わる柳沢寺へ3時頃に行って,伊香保温泉のホテルに戻る。29日は,高崎駅を9時半頃に出て飯山駅へ。中野市に住む学友の武田順治君と一緒に飯山市美術館・高野辰之記念館・奥野誠亮文部科学大臣の石碑等を見て角間温泉泊。30日は,13時頃に糸魚川駅を経由して19時頃に木津川市へ帰って来た。(続く)
一覧へ戻る