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本物語

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第85号 2026.7.25

私の中でのあの1年間

望月 サトミ
長野県上田市

 学校卒業後すぐ看護師として働き始めて20年。ここらで一区切りにするかと専業主婦に。専門書,教科書にも「長いこと,ありがとう。さようならネ」と,挨拶しながら全部処理。それからは,一寸散歩に出れば昔の味が足元にふんだんにある。新聞は隅々まで読み漁り,洗濯物も乾き具合は最高‼ あー満足 満足‼ の日々が2年間続く。が,そうしているうちに,アレ?「何か違うぞ」とからだが言い出した。収入が無くなったことに不安があったのかも知れない。

 そして3年目,飛び出した先は,景色よし,空気よし,店の中の笑顔よし,居心地も良さそう,ということで標高1400mの牧場内にあるレストランの皿洗いを志願した。……が,採用され,中に入ってびっくり,仰天だ‼ 
 売店レジ業務,厨房,盛り付け,アイスクリームのカップ詰め(この作業は冷凍室。真夏でもダウンの上下を着用),薪割り,雪かき,草取り,トイレ掃除,汲み取り,と目につく事は気づいた人が行う。皆よく動く。団体バスが着こうものなら店の中は戦場と化す。言葉が飛び交い,皿がテーブルの上を舞う。「いらっしゃいませー」「ありがとうございますー」,と私も笑顔で頭を下げる。
 ところが,「料理の順番が違う」と言われる。「何だ?!」と思う。「牛乳を温める1分,2分が待てない」とのこと。子供じゃあるまい。そんなこと,大したことなかろうに。大騒ぎしなさんな。「ハーイ,ごめんなさいネー」と笑顔。 レジ業務では「ア?釣銭10円多く渡したかも知れないと言うと「え?その10円どうして返すの? 返せるの?」「ア?10円少なかったかも知れない」と私。すると「あのねぇ,今まで私達が築いてきた信用,どうしてくれるの? そんないい加減な人は居なくていい‼ 」等々。ハァー?‼ これ等の事は,今まで自分が身につけてきた常識(?)と全く異り,恐れおののいてしまった。ここで務まればどこでも務まる,と感じた。
 また,ここでは,全員が,大きな目標(?)に向かって皆が一つになっている。材料発注,商品発注は電話も1回でまとめること。食材は1つ1つ最後まで無駄無く,全うさせること。お客が支払う金額以上に「美味しくして出そう」として提供すること。(全員徹底‼ )
 がこんなことばかりでは無い。里より遅く迎える春の山菜の味はまた格別。何より広々とした牧場に搾乳を済せた牛達がのんびりと牧草を食む。その中の一頭に「本日はお主の皮と模様を頂く」と声をかけ,そしてそれをコートにして毎日毎日お気に入りを身にまとい,「フフフフ,見よ‼ 」と想像して悦に浸る。というようなことが何度かある。

 しかし,そんな時の経過に自分の中で「何か変だ,違う」と感じる「病」が発症した。いや……,忙しく身体を動かしながらも人を育てることが出来るのではないか?
 そんな思いが強くなって,「あー 長いこと患者さんに申し訳ないことをしてしまったナー」という自責の念も湧き,その想いは胸を掠め,病院の務めに恋しささえ募らせるようになってきてしまった。
 カレースープの取り方(・ガラ使用1日煮出し ・玉ねぎ2㎏焦がすことなく400g飴色になるまで),ピロシキ(ロシアの揚げパン,巨大ギョウザ?),カッテージチーズの作り方等のレシピを頂き,エプロンを白衣へと,平成2年1月,再び病院に出戻った。

 忙しく業務に追われるのは病院でも同じことだ。ローカトンビ(廊下鳶)のごとく「忙しい忙しい」「一寸待っててネ」を繰り返す。そんな言葉を背中で言うのにも慣れていた。しかしレストランと違ってお金が目の前で往復しない分,関わる業務にきちんと「価値評価」が出来ていないのではないか,という思いもする。
 病院にしろ、レストランにしろ,様々な場面で質が問われる。それに応えようとする時,個々の力と共に,チーム力が問われる。
 そう言えばレストランの中のチームには一点穏やかで暖かな眼があったっけ。当時の牧場仲間とは,感謝しながら今も交流している。
 あの1年間は,全く知らなかった常識を体験し,その結果、看護師として再出発する決意を与えてくれた,かけがえの無い場所と時を与えてくれた。
 出戻り後は停年まで「変だー病」は再発しなかった。
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