有限会社 三九出版 - 能登の冬景色


















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                            能登の冬景色
                           吉野 隆久(石川県羽咋市)

 能登に白鳥がやってくる頃になると,この地域の人たちは,冬の到来を覚悟する。 会話の中に「白いものが降ってくる」というフレーズが入ってくる。言わずと知れた雪のことである。そして巷がにわかに慌ただしくなってくる。しかし,師走と成れば全国どこに行っても慌ただしい光景がみられる。
 能登は今急激に過疎化している。だから地域の人たちは老人が多くなっている。それでもこの人たちだからこその食が提供される。
 能登地方に広がる大根や蕪のすしが,各家庭に行き交うようになってくる。これはナレずしの一種であるが,大根や蕪の麹漬けである。浅く漬けた大根や蕪に鮭,鱒,塩サバ,或いは,糠漬けの鰯をはさみこんで1〜2週間漬け込んで食する。
 また七尾や能登島,穴水の地域に行くと全国に名の知られた「クチコ」と呼ばれるナマコの卵巣を寒風に干した珍味がつくられる。
 そしてなんといっても鰤がおいしくなる。能登に来て鰤を食べない手はない。お勧めは,10キロくらいのものを解体したものがよい。脂ものっておいしくいただける。
 それに,あまり知られていないが,能登はいたるところに温泉がある。名もない民宿が,天然温泉を引いて居たりする。天然温泉を銭湯感覚で入れるというのも楽しい。
 また,このような食文化とお風呂の他にも能登ならではの文化がある。年が明けると,「アマメハギ」や「面様年頭」にみられるお面の文化が,奥能登に現在も残る。「あえのこと」と呼ばれる田の神様を年末に迎えて,松の内を過ぎたら送る神事もまた無形文化財として残る。このように能登は風俗が,何の違和感もなく自然と共存する風景がいたる所に残っている。
 空はあくまで鉛色。風は北の強い季節風が吹きすさぶが,これらのものが,豊富な食材を提供し,生み育てた豊かな食文化。そして神事などの文化財と天然温泉を楽しむ。これが能登の冬景色といえるのではあるまいか。

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