有限会社 三九出版 - 格差を招く金融緩和


















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《自由広場》 
                    格差を招く金融緩和
                            吉成 正夫(東京都練馬区)

 日本で金融緩和といえば「アベノミクスの第一の矢」です。米国ではFRBのバーナンキ議長が三次にわたる量的緩和を致しましたが,あくまで緊急避難であったため,緩和の出口を本年5月に示唆しました。ところがマーケットは反落することで拒絶反応を示しました。そこで量的緩和の帰趨は,来年1月に就任する予定のジャレット・イエレン議長の采配に委ねられことになりました。欧州では,財政緊縮と金融緩和のバランスのなかでユーロ再建に苦闘しています。三者三様ですが,先進国ではいずれも金融緩和を武器に経済を立て直ししようと試みています。
 経済が困難な状況に立ち至ったとき金融緩和にすがろうとすることは,「持続可能な経済」政策と言えるのでしょうか。確かに景気が悪化しますと信用収縮を起こして経済活動が目詰まりしますから,資金を潤沢に供給することは大切です。今日の先進国の金融緩和依存症は,その延長線上にあるのですが,金融緩和が経済活動を活性化する効果は限定的で,むしろ過剰な資金供給が実物資産とは関係なしに,マーケットや各国経済を自由奔放に動き回り撹乱の原因になっています。
 世界の実物資産額と金融資産残高の関係は,1980年当時ではGDP10兆ドルに対し金融資産残高は12兆ドルとおよそ1.2倍でした。32年後の2012年にはGDPが7.2倍の72兆ドルに成長しましたが,金融資産は約19倍の225兆ドルとなり,GDPに対しては約3倍に膨れ上がっています(日本経済新聞2013.7.18付「物価考」より)。かつては,経済活動を筋肉としますと,金融は血液に例えられ,両者の動きは反対方向へ関連し合って動くものとされていました。30年前までは確かにそうした関係にありました。なぜ金融資産が肥大化したのでしょうか。
 戦後,ヨーロッパを中心に市場が形成され,経済活動の余剰資金の一部は主に欧州で運用されていました。1971年のいわゆるニクソンショック(ドルの金兌換停止)と1973年の石油危機によってユーロ市場は飛躍的に拡大しました。なにしろ1973年以前は,1バレル当たり2ドル前後であった石油価格が1974年には11.58ドルに,1979年には31.61ドルに,現在は100ドル前後まで高騰したのです。急にお金持ちになった石油産油国は,いくら贅沢をしても使いきれるものではありません。余剰資金を欧州の運用機関に運用を委ねたのは自然の成り行きでした。新興国の経済が成長するにつれて,石油以外の資源価格,穀物等も値上がりし,先進国の所得は資源を持つ新興国へ移転し,蓄積された余剰資金はより有利な運用対象を求めて資金移動を加速していきました。
 グローバリゼーションと金利の自由化が進み,この流れを促進しました。資金の流れを妨げる障害物は取り除かれ,効率運用を進める素地が整えられました。さらにITの高度化でデリバティブと金融工学が結びつき,さまざまな金融商品が開発され,資金を何倍にも増やして運用(レバレッジ=梃子の原理)するヘッジファンドが資金運用の主役となりました。

 こうした流れには大きな疑問が生じます。2008年に破たんしたリーマンブラザーズをはじめゴールドマンサックスなどの大手投資銀行は,大きなリスクを冒して収益を競う業務を繰り広げてきました。
 上昇気流に乗った時にはバブルを引き起こして巨利を稼ぎ,バブルが崩壊すると,金融システムを保全するためと称して莫大な財政資金をつぎ込む。不思議ではありませんか。リスクを冒して得た利益は金融機関のもの。損失は国民の税金である財政で穴埋めする。本来は,インフラの整備や教育,防衛,国民福祉のための税金がバブルの補填に回されるのです。
 実物経済を動かすには,立案から投資の完成まで長い時間がかかります。一方,資金の運用は,資金を右から左に回すことで大きな収益が得られます。ですから米国の一流大学の優秀な学生はウォール街を目指します。その結果,上位1%の世帯の富は全体の3分の1を上回り,格差は拡大しました。グローバリゼーションと金利の自由化を進めることは,ジャングルの柵を外して,弱肉強食の世界を推し進めることに他なりません。
 地球には,さまざまな考え方をもつ民族,さまざまな発展段階にある国民が共生しています。それぞれの国の経済が自立的に発展できるように金融の移動には制約を設ける時期にきているのではないでしょうか。世界に蔓延った金融の病理現象に適切な処方箋を講じることができるかどうかがいま問われています。





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