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【隠居のたわごと】
                        簡 単 な 事 実

                            小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

善公 ご隠居,お友だちが亡くなってずいぶんと落ち込んでいましたね。
隠居 ほぼ半世紀の付き合いでした。亡くなったのは2月24日。昨年の11月頃は電話での会話はしっかりしていたのです。でも〈その時〉が間近いということはおたがいに暗黙裡に諒解していました。だから最後に交わした会話は「おれ,もう死ぬよ」「ああ,そうかい」というものでした。亡くなる前の数週間をホスピスで過ごしましたが,看護師や家族に「ありがとう,ありがとう」と事あるごとに言葉をかけ,穏やかに逝ったらしい。ところで善さんや,下の公園で遊んでいる子供たちに倖せな未来はあるのだろうか?……。 (※隠居の住まいはアパートの11階。眼下に公園がある)
善公 突然何を仰言るのです ― 。
隠居 いやね,先日集団的自衛権の行使を容認する閣議決定が行われました。われわれは先がないからいいですが,子供たちの未来はどうなるのか心配です。国民の大半がNO(反対56%/「朝日新聞」2014.6.23)といい,与党のなかにも危惧する人間がいるにもかかわらず,安倍首相はこの問題の成立をなぜ急ぐのか……。
善公 そういえば集団的自衛権の必要な理由を,安倍首相は「例えば」(註参照)と説明していましたね。
隠居 この問題については,各層のひとびとがいろいろなメディアを通して賛否さまざまに論じています。いまはその当否は措いておきます。だれだったか,ややこしい問題が起こったときは簡単な事実から考えてみるとよい,といっていました。だから集団的自衛権の問題について,あたしも簡単な事実から考えてみたい。
善公 簡単な事実,といいますと?
隠居 たとえば安倍首相は記者会見の中で, 集団的自衛権の行使について,「集団的自衛権が現行憲法の下で認められるのかという抽象的・観念的な議論ではない。現実に起こりえる事態に現行憲法の下でなにをなすべきかという議論だ」(「安倍首相の会見要旨」/「朝日新聞」2014.7.2)といって,「註」のような例をあげています。ということは,それが現実化したときは瞭らかに戦うことを余儀なくされます。その結果,それを契機に本格的な戦争状態に入ることもまたあり得るということです。
善公 ご隠居,それはちと考えすぎでしょう。
隠居 でもありません。朝日新聞の別の記事(2014.5.16)に, 「『偶然』に引きずられるのが戦争で, 『刹那』で動いてしまうのが兵士」という旧日本軍兵士の話があります。同記事中に,自衛隊の2曹の「実感がない。……(集団的自衛権は)現場が必要としているものというより,安倍総理がやりたいことをやり,政治の道具になっている気がしてしまう」という話も出ています。もちろんそう考えないひとたちもいるでしょう。あたしは自分に都合のいい論(話)を取り上げているかもしれない。しかし異曲同工。安倍首相も「政治的道具」としての論を張り,ひとを招集しているのも事実。
善公 ならおあいこですね。
隠居 いや,おあいこじゃないよ。異曲同工でも向いている方向がまったく逆。ところで簡単な事実のつづき。大きく想像力をはたらかせてみます。かりに集団的自衛権行使の結果,どこかの国と戦争になったと仮定しましょう。資源のないわが国がどこまで戦えますか? 飛行機や戦車や艦船のガソリンをどうします。高村薫(作家)の「借金1000兆円 戦争できる?」(「朝日新聞」2014.6.22)はその視点のひとつ。資源を持たない戦争がどんな悲惨を招くかは,第二次世界大戦の結果をみれば瞭らか。その反省がまったくないじゃありませんか。
善公 そのために「日米安全保障条約」があるんじゃないですか。
隠居 そんなものが役に立たないことは歴史が証明しています。いざ戦争となれば,どの国も簡単に条約など破棄します。アメリカだって,日本の領土問題ではずいぶんと曖昧な態度をとってるじゃありませんか。自国の利益が優先。裏切りは外交の常道です。だから日本は,なまじ集団的自衛権などをいうよりも,憲法第9条を遵守したほうがずっとまっとうです。安倍首相は,日本の安全保障に関する環境が変化したからだといっていますが,瞭らかに詭弁です。戦争に巻き込まれる危険が増しただけです。
善公 いずれにしても塚原卜伝じゃあないが,無手勝流が一番ですね。オレオレ詐欺は困るけど,平和・安全を手に入れる武器は言葉です。ね,ご隠居。

※註:「例えば海外で突然紛争が発生して逃げる日本人を、同盟国の米国が救助・輸送している時に日本海近海で攻撃を受けた時、我が国への攻撃ではないが、日本人を守るため、自衛隊が米国の船を守れるようにする……」(「安倍首相の会見要旨」/「朝日新聞」2014.7.2)。これについては,「自国民を避難させるのは、自国の責任でするのが大原則。日本人を乗せた米艦を自衛隊が守るとの想定に説得力はほとんどない」という元自衛隊幹部の指摘がある。(「集団的自衛権 読み解く」/「朝日新聞」2014.6.26)。





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