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                前立腺がん雑感

                    荒井 忠男(千葉県松戸市)

 国立がん研究センターが先ごろ,2015年には98万2100人が新たにがんになるという予測を発表した。約100万人である。がんの種類別では,大腸がんが13万5800人で最多,以下,肺がん,胃がん,前立腺がんと続いている。4位の前立腺がんは9万8400人,約10万人である。前立腺は男にしかない器官だから,10万人は全て男だ。つまり,男女別で見れば,男のかかるがんで最多なのは前立腺がんなのだ。
 この10万人という数字は人口比で見ると,どうなるのか。前立腺がんは典型的な高齢者病で,大体,50歳を過ぎるころから出始め,高齢者になればなるほど罹患率が高くなる。ここでは少しはしょって,65歳以上の高齢者人口の比率で見てみよう。現在,高齢者人口は約3000万人だから,男はその半分約1500万人だ。10万対1500万,150人の高齢者のうち1人が新たに前立腺がんになるという勘定だ。
 私の実感では,前立腺がん患者は,もっとウヨウヨいる。大学同期の20人ばかりの集まりがあるが,そのうち5人が前立腺がん体験者だ。もっとも,同じ年になったわけでなく,10年ばかりの間になったのだから,年ごとの新規罹患率は,延べ計算で(20×10)分の5となる。それでも200分の5(40分の1)だから,150分の1よりははるかに高い。高校同期の10人ばかりの仲間では4人が罹患者だ。これが私の周辺で起きている現実だが,年齢ももう喜寿なのだから,数字が平均よりかなり高く出ても不思議ではないのかもしれない。幸い,この前立腺がん罹患者たちは私も含め,命に別状なく,酒飲みは以前と同じように酒を飲んでいる。
 前立腺がんはかかりやすいが,比較的,死ににくいがんだとも言える。国立がん研究センターの予測では,15年のがんの種類別死亡者数は最多が肺がんで7万7200人,以下,大腸,胃,肝臓と続き,前立腺がんは7位で1万2200人となっている。今年の罹患者数に対する今年の死亡者数の比率を見ると,肺58%,大腸37%,胃25%であるのに対し,前立腺は12%と低い。 低いと言っても,年間1万人以上が死ぬわけで,これまでも,作家の渡辺淳一,プロゴルファーの杉原輝雄,将棋棋士の米長邦雄,歌手の三波春夫といった著名人が前立腺がんで亡くなっている。
 前立腺がんで死ぬ人は,がんが発見された時には,既に他の部位に転移していたケースがほとんどである。逆に言うと,早期に見つかり転移がなければ,摘出手術や放射線治療など適切な処置を施して完治すると言われている。転移があると,摘出手術や放射線治療が適用できなくなるので, 完治は望めなくなる。 私の場合, 転移はなく,昨年6月に摘出手術を受けた。現在も再発防止のための治療を受けているので,完治したとは言えないが,これまでのところ順調に来ている。
 どのがんでもそうだが,前立腺がんでも早期発見が非常に重要である。前立腺がんにはPSAという簡便な早期発見の手段がある。PSAについての説明は省略するが,要するに血液検査に含まれる「腫瘍マーカー」だ。これが,なかなかやっかいなシロモノでもある。
 PSAの正常値の上限は4で,4~10がグレーゾーン,それを上回るとがんの確率が高まり,20以上になると,80%にがんが見つかるという。グレーゾーンのがんの確率は10~20%程度というが,そのグレーゾーンにひっかかる人が少なくない。その人たちは「オレはがんかもしれない」と不安に駆られる。結果を知りたければ,前立腺から組織を採って調べる「生検」を受けることになるが,怖いので「知らぬが仏」でいようとする。前立腺がんは進行が遅いので,70代も半ばを過ぎれば放置しておくのも医学的選択肢の1つとされ,そうしている人も多い。そして,PSAの数値の上下に一喜一憂する。前立腺がんの周りには,そういう「PSA症候群」がある。
 私もPSAに振り回された1人だ。私はPSAの値がいつも10台と高く,10年ばかりの間に3回,生検を受けた。結果はいずれもシロで,医者から変な顔をされた。そういう体質なのだと楽観していたのだが,一昨年の暮れの検査で初めて20を超えて,4回目の生検を受けた。結果,16カ所採取した組織のうち6カ所からがんが見つかった。がんは前立腺の両葉にあり,一方は前立腺の皮膜に達していた。他へ転移する一歩手前だったようで,危ういところだった。自覚症状は全くなかった。
 医者が言うには,私のケースは「天皇陛下と同じ」なのだそうだ。私は摘出手術後,再発防止のホルモン療法を続けているが,天皇もそうされたということらしい。天皇を引き合いに出すのは,おこがましくも恐れ多い次第だが,陛下は12年前に前立腺がんの手術をされて,今も元気でおられる。私も,それにあやかりたいと願っているのである。


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