有限会社 三九出版 - 〈花物語〉   椿 


















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            〈花物語〉   椿 
          小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)



 以前,ある雑誌で京都鹿ヶ谷の法然院の写真を見たことがある。その 季節のゆえにであろうか,本堂の床一面に,ある秩序をもって置かれた 椿の花が仏の坐すその空間を艶やかに荘厳するのに感動した。
小説家の高橋治は,椿の花を「堅実に家を守ってくれる。だが、女と しての薄化粧も忘れない。身持ちのよい女房のような花だ」といった。
八重は苦手だが,一重の椿は赤も白も好きだ。それもひとに踏まれず に地上に散り敷かれている状態が好きだ ― 「赤い椿白い椿と落ちにけ り」。 とくに園芸種の白侘助が好き。秋から冬にかけて咲く小振りの花 だが,茶花として賞用される。むかし侘助という居酒屋の女と死に損な ったが,女のからだとこころに侘助の粋を見たのがいまは形見である。
先の法然院の写真との出会いは偶然であるが,若かったころ,その付 属墓地にある谷崎潤一郎夫妻の墓を尋ねたことがある。低い生籬に囲ま れた一間半四方ほどの砂地の墓域の中央に枝垂れ桜が一本。その左右に 小さな自然石が置かれ,それぞれに 「空」「寂」 の一字が潤一郎の手跡 で刻まれている ― それが墓碑。文字どおり空空寂寂の静謐な空間がそ こにあって,それはまことに死者にふさわしいすまいであった。しかし わたしにはそのような墓は似合わない。わが 奥津城は日本海を望む破れ寺の一隅にあって, 舎利を覆うに数株の椿の樹があればよい。   
 ※「堅実に家を……」(高橋治『木々百花撰』朝日文庫)
  「赤い椿白い椿と……」(河東碧梧桐『合本俳句歳時記』角川書店) 
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