有限会社 三九出版 - 〈花物語〉   芒


















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             〈花物語〉   芒 
           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市) 

画面いっぱいの芒の原 ― その中を歩いていくひとりの僧形の人物のうしろ姿が点景のように描かれている(狐だったかもしれないという迷いもすこしある)。 たしか池田遙邨の絵だったとおもうが,手元に資料がないので自信はない。その絵がわたしにつよい印象をあたえたのは,時も所も思い出せないが,旅の途中で白金色にかがやく晩秋の芒の原を通った記憶を呼び覚ますからだ。一種のデジャビュであろうか。
太平洋戦争の末期,わたしは母方の在所に戦時疎開した。三十軒ほどの農家が集まる小さな村だったが,そのほとんどが萱葺き屋根であった。
一年に二軒ほど,村人総出でその家の屋根の葺き替えをおこなうのが年中行事だったが,早春の野焼きの行事とともに,その日は子供たちにとって一種の祭りであった。いまは萱葺きの家はすっかり姿を消し,子供たちは祝祭の日を失った。
屋根の葺き替えは村有の芒の原のものが使用される。その山をわれわれは萱場とよんでいたが,その芒の原は子供たちの恰好の遊び場であった。小川で遊ぶか,萱場で遊ぶかはその日の気分で変わったが,晩秋の夕暮れ,芒の原の向こうに沈む夕日が芒の穂を白金色に染める光景を眺めるのが,わたしは好きだった。 「芒の穂ばかりに夕日のこりけり」(万太郎) ― 芒の原で狐に化かされた,と泣いた子供時代がなつかしい。


※「芒の穂ばかり……」(『合本 俳句歳時記 新版』角川書店編)) 
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