有限会社 三九出版 - 負けたら逃げろ,勝ったら追うな


















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☆〔新作●現代ことわざ〕 

           負けたら逃げろ,勝ったら追うな 

               脇 稔明(愛媛県松山市) 

 少年期の私は遊びには事欠かなかった。祖父に囲碁,将棋,百人一首,花札と,毎日のように遊んでもらい,小学校卒業の頃には祖父を凌ぐ腕前になっていた。また,5月~9月の釣シーズンには,伝馬船を借り,祖父の生まれ故郷の日振島近くまで櫓を漕いで船釣りに連れて行ってもらった。
 一人遊びにも事欠かなかった。夏休みは毎日のように海水浴。泳ぐだけでなく,潜っての蛸捕りに栄螺や海草採り。ハジキ(小芋)での磯釣り。また,裏山や小川の辺(ほとり)での山菜や小川に仕掛けをしてのうなぎや川ガニ捕り。雑木林の椿の木に仕掛けをしての目白(メジロ)捕り等々楽しい遊びでの毎日だった。そんな遊びの中でも手軽に短時間で裏山の小川の辺で遊べたのが女郎蜘蛛(じょろうぐも)捕りだ。女郎蜘蛛とは正式名は黄金蜘蛛のことで,黒茶色の胴体や足に鮮やかな黄金色の模様が入り,実に美しい姿をしている。家の天井や壁で見かける夜蜘蛛と違って素早くなく,おっとりしていて手の上に這わせても噛みついたりしない。6月~9月の夏期に裏山や小川の辺,湿気のある石垣の草木に大きい巣を張って生活している。40~50㎝ある木の葉っぱを使って巣ごと生け捕って帰り,家の軒下や庭木に移しておくと,翌朝はその場で見事な巣を作ってくれる。そうして家の周りに何十匹と飼っておき,その中の同じような体格をした一対を木の棒に乗せて喧嘩させるのも一つの遊びであるが,その喧嘩たるや実に見事で見応えがある。まるで大相撲の立ち合いの一瞬を見る時のように,ハラハラドキドキのきもちになる。木の棒の中央で向かい合った一対は,最初は前足で相手を探り合ったり,牽制し合ったりしている。その間数十秒,機が熟すと壮絶な勢いで絡み合いの喧嘩を始める。実力が接近しているものどうしは数十秒,力に差があるものどうしはわずか数秒で結着がつく。負けた方は逸早く背を向け,一目散に逃げて行く。不思議なことに勝者は後を追うことなく,その場で悠然としている。負けたら逃げろ! 勝ったら追うな! 人の世にも通用する見事な一場面である。
 囲碁や将棋,スポーツ等の遊びにしろ,商売や物づくり等の仕事にしろ,競争相手との勝負が決まったら,潔い,あるいは太っ腹な行動をとることが次の成功を生み,そうでない場合は失敗にしかつながらないことは多くの人が経験している筈である。 
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