有限会社 三九出版 - 後世に伝えることの大切さ


















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☆東日本大震災私は忘れない 
            後世に伝えることの大切さ  

              藤田 正實(群馬県高崎市) 

 1995(平成17)年1月17日に発生した阪神淡路大震災の被害記録を塗り替え,戦後最悪を更新してしまったのが2011年3月11日の東日本大震災だった。三陸沖で発生した巨大地震による死者,行方不明者は2万2233名を数える。過去の震災との際立った違いは犠牲者の多くが津波に呑まれて生命を落とした点である。死因の9割は「水死」で崩壊した建物や家具の下敷となる「圧死」を大幅に上回った。昭和を象徴するカタストロフィーが「戦争」なら平成のそれは「震災」であろう。明治維新の前まで,元号は戦乱天変地異が起こるたびに改められていた。故に古来同じ元号間に二度も大災害に見舞われることは稀であったからである。このカタストロフィーにより「3.11」は日本の「耐震基準」までが崩落した日であった。
 平成7年1月17日,私はヨーロッパに建築市場の視察に行く途中,飛行機に乗るゲートウエイ(成田飛行場)でそのニュースが耳に入った。そしてまた,今回の東日本大震災は東南アジアからの市場の視察を終わって帰って来た翌日であった。今考えてみれば,海外に行った時と帰ってきた時に起きており,時の運命のいたずらであったのであろうか。
 丁度美容院に行ってセットをしている時であった。美容師が全員外に出てしまったのである。何が起きたのかと思ったら地震であった。その時,私は埼玉の与野駅の近くに住んでいたのだが,駅前の高層ビルが極端な言い方をすればくの字になる程ゆれていたのを今でも思い出す。そして,春日部に用事があったので車で向かったのであるが,普通30分位で到着するのが4時間も時を過ごしてしまった。ニュースで後でわかったのであるが,首都圏の一切の交通機関はストップであった。特に勤務地が東京の人達はほとんど帰れなかったのではなかろうか。また,我が家の近辺は電気・ガスもストップ,水道だけは大丈夫であった。そんな記憶が蘇ってくる。
 それにしても,復興作業に手が回らない被災地には長い間遺体の発見場所を示す赤い旗が点々と立てられたままだと言われているが,その小さな旗だけが津波に流された無数の尊い命の存在を教えてくれているのである。
 陸に対して牙を剥いた海は地上のあらゆる物をなぎ倒した。「絶対安全」と思われた原発でさえそこで働く者たちの決死の抵抗も虚しく全ての電源を奪われてしまった。そして,奪われた末にメルトダウンに到る。人々は放射能という目に見えない脅威に怯え際限のない風評被害が引き起こされた。こうした災害による被害総額は,当時の政府によると16兆6000億円に上る。スゥエーデンの国家予算をはるかに上回り実に一つの国家がまるまる流されたに等しいのである。
 しかし,この国の住人たちはいつの時代も日常の理不尽な破壊に直面してはその度に立ち上がってきた。「3.11」の後も「絆」を合言葉にして助け合いと思いやりの精神が発揮されたのである。日本人だけではなく在日米軍も「トモダチ作戦」と称して被災者の救出と援助に駆け付けてくれた。この心は決して忘れてはならないことである。一方,復興の道程はキレイごとだけではなかったことも忘れてはならない。被災県の知事を高圧的に叱りつけた復興大臣,復興補助金で豪遊して逮捕されたNPO代表,原発をめぐる世論は今も科学と感情で2つに引き裂かれたままである。
 あれから7年余り,当時見た光景,聞いた音,嗅いだ臭いは段々と記憶の中で薄れていく。だからこそ変わりゆく被災地も記憶にきざみつけていかなくてはならない。特に私の印象に残っているのは,今はもう無い気仙沼市鹿折地区の「震災遺構」だった船である。傷付き,もう二度と海に帰れない運命なのに不思議に堂々としていた。まるで苦難を乗り越えて進む新しい時代の進路をこの船だけが知っているかのように。しかし,これも人々の記憶から消えていくのだろう。が,今回の災害を通じて強く感じた事は,いつ自分の身に振りかかってくるかはわからない,その時どうすれば良いのかは決して今立っている視点ではわからないということである。
 でも人は「喉元過ぎれば熱さも忘れる」如くそれは遠い過去の昔話になってしまうのである。それだからこそ,昔戦争体験者が話をして伝えてくれたように,我々自身1人1人がその記憶を,同じくこの災害の恐ろしさを,後世に伝えていかなくてはならないと思う。それが生き残された,助かった人の絶対的な義務であると思うと同時に使命であるとも思う。
 人間は忘れる動物である。それが故に知恵を神から授かっている動物でもあるのである。 
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