有限会社 三九出版 - 量子から遺伝子へ


















トップ  >  本物語  >  量子から遺伝子へ
☆《自由広場》 
                 私の量子ものがたり ⑥ 
        量子から遺伝子へ 

            吉成 正夫(東京都練馬区) 

 このシリーズの主旨は「量子と経済の関係」です。遺伝子は両者の中間に位置し媒介するとの意味から本稿を加えました。遺伝子解説は最小限にとどめ,わたしが関心をもったことをランダムに記しました。
1.量子と遺伝子
 量子は自分を最大限に活かすように振る舞う不思議な性質をもっています。遺伝子は量子の発展形に違いありません。遺伝子の特徴は量子とよく似ています。
 高血圧の原因である酵素「ヒト・レニン」の遺伝子解読に成功してバイオ分野で注目を集めている村上和雄氏(筑波大学名誉教授)の著書『遺伝子からのメッセージ』から引用します。
 遺伝子は一個の受精卵から細胞分裂を繰り返し,体重60㎏の人で細胞の数は約60兆です。一つひとつの細胞の核に30億塩基の「生命の基本設計図」が格納されています。四つの塩基が組み合わせを変えることで遺伝情報を伝達していきます。
 1ページ1000字の1000ページが1000冊の情報量が含まれ,一個の遺伝子情報の単位はおよそ10-17で量子の単位とほぼ同じになり,量子の法則の影響を受けやすい。腎臓では血管,濾過装置など,大小様々な細胞から構成されています。各細胞は,腎臓の働きに協力しながら,それぞれの細胞では,自分の独自の働きと,細胞の維持や修復を自主的にこなし,さらに集まって血管を作る際には,細胞の分裂速度を調整したり細胞の形を調整したりします。それは部分である細胞が全体としての性質を備えていることを意味します。これをコントロールしているのが遺伝子です。このように個々の細胞と器官が協働する見事な仕組みは,個人と個人,さらには個人と社会の関係にも当てはまるのではないか。
2.遺伝子は数ではなくネットワークが決め手
 有性生殖の配偶子に含まれる染色体に含まれる全DNA(遺伝情報)の1セットを「ゲノム」といいます1984年に,ヒトゲノムの塩基配列の解読を目的とする「ヒトゲノム計画」が提案されました。2004年には,ほぼ解読され,遺伝子数は22287個と推定されています。ヒトの遺伝子数の99%はチンパンジーと変わりません。生物学的にはまったく異なる原始生物の線虫の遺伝子数は19000とヒトとわずかな差です。またイネ科のコメや麦,トウモロコシの遺伝子数はヒトよりずっと多いことが判明しました。私たちは高等な生き物だから当然遺伝子も最も複雑なシステムに違いないと勝手に思い込んできたところがあります。しかし,遺伝子の数でみるかぎりまったくそんなことはありません。
 それはヒトの遺伝子ネットワークが複雑かつ精緻に進化したことにその秘密があるようです。1977年,動物の遺伝子の多くは長く連続する鎖ではなく,タンパク質を指定する情報のない詰め物のようなDNAで途中が分断されていることが判りました。一見無価値に思えるこの詰め物は,遺伝子を塩基配列の基本単位に分割することによって異なる遺伝子を混ぜ合わせ,あるいは組み合わせ,全く新しい遺伝子を作り出すことができます。遺伝子の柔軟度を保つことで環境変化に適応し進化に有利に働くのです。遺伝子のうちタンパク質をコードするのは約2%に過ぎず,98%は適時適切な場所に遺伝子を最上の状態で作動させるためのスイッチの役割を果たしています。このような制御スイッチや非コード塩基配列(詰め物)は他の霊長類と比べると決定的な違いがありヒトをヒトたらしめています。
3.遺伝子編集の難しさ
(1)氏か育ちか
 遺伝子は生物の最終的な形や機能を決定しています。それがどのような経過で生み出されるのかは実に複雑です。昔から「氏か育ちか」と言われてきましたが,それは「遺伝子か,環境か」と言いかえることができます。マット・マドレーは英国の子爵で科学ジャーナリストですが著書「柔かな遺伝子」(Nature via Nurture―Genes,experience and what makes us human 2003)で氏と育ちのどちらかではなく,両者がまじりあっています。現在では,遺伝子は形や機能に一対一の関係にあるのではなく,ほとんどは複数の遺伝子に対応していることが判ってきました。さらには「遺伝子そのもの」と「環境」と「偶然の出来事」が複雑に絡み合っています。それらの相互作用は系統だっておらず,予測不可能な出来事とゲノムとの交差によって生物の形・機能が決定されます。(シッダール・ムカジー著『遺伝子』より)
(2)進化に必要な多様性
 メンデルの「一個の遺伝子が一つの身体的特徴を決定する」という発見は,大幅な修正が必要になりました。1930年代にウクライナ出身の生物学者テオドシウス・ドブジャンスキーは野生のショウジョウバエで容器の中にガラパコス諸島を再現することを試みました。その結果「遺伝型が表現型を決定する」というメンデルの発見からさらに進んで「遺伝型+環境+誘因+偶然=表現型」へと表現型に影響を及ぼす要因は不確実性を増しています。つまり自然界では遺伝的多様性が存在しているのは普通の状態であって,ナチスの優生政策のような,唯一の「良さ」は存在しない。自然は遺伝的多様性をなくすことを望んではいない。多様性がなければ生物は最終的に進化する能力(環境変化への適応力と言ってもいい)を失ってしまうためです(同書)。
(3)遺伝子編集の傲慢さ
 本年,中国の研究者(南方科技大学の賀博士)が「受精卵を改変してHIV(エイズウイルス)耐性をもつ双子の女児を誕生させた」と公表し海外は勿論のこと中国でも非難の声が高まっています(ニューズウィーク 2018.11.29)。遺伝子は様々な要因が複雑に絡まっているため,将来どのような疾患が発生し副作用が生じるかわからないのです。遺伝子治療の中で,血液や筋肉などの体細胞の治療は,次世代のゲノムまで変わることはありません。しかし賀博士のケースのような生殖細胞の治療はヒトゲノムに組み込まれ世代から世代へ伝わっていきます。我々に我々自身を改良する権限があると考えるのは傲慢というものではないでしょうか。遺伝子編集は,「人間とは何か」「どこへ行こうとしているのか」という深遠な問いを投げかけています。
4.遺伝子学では「女性上位」
(1)ミトコンドリア・イヴ
 ヒトの遺伝子は,細胞の核のなかにある染色体上に存在していますが,唯一の例外があります。どの細胞の中にもミトコンドリアという細胞小器官があって,ヒトの染色体の遺伝子の600分の1しかなく,わずか37個の遺伝子からなる小さなゲノムが存在しています。このミトコンドリアは,単細胞生物の中に侵入した古代の細菌に由来する説があります。それによりますと,古代の細菌は単細胞生物と共生関係を築き,細菌は細胞にエネルギーを供給するかわりに細胞環境を利用して栄養摂取や代謝を行っていました。ですからその名残でミトコンドリアの遺伝子はヒトの遺伝子よりも細菌の遺伝子に似ています。ミトコンドリアゲノムは単一のコピーしかしないため組み換えは起こらず,そっくりそのまま世代から世代に受け継がれていきます。その意味では精子は遺伝情報の運搬役にすぎません。胚の中にはたくさんのミトコンドリアがあって母親(卵子)のみに由来します。ですから女性の祖先を途切れることなく辿ることができ,ついには20万年前のアフリカのひとりの女性に辿り着きます。「ミトコンドリア・イヴ」と呼ばれています。旧約聖書では,イヴはアダムの肋骨から神が創造したとされていますが,遺伝学ではどうも話は逆のようです。
(2)滅びゆく?Y染色体
 1903年に雌雄を判別するXYシステムが発見されました。ヒトでは男性がXY染色体,女性はXX染色体と教科書で教わりました。単純にそのように覚えてきましたが,これにはショッキングな物語があります。男性のY染色体は対をなしていないのでいつも自分で頑張るしかありません。他のどの染色体でも突然変異が起きると,対を成す染色体がコピーされることで修復されます。Y染色体は情報を回復するメカニズムがないため,Y染色体には長年にわたって受けた傷跡がいくつも残っています。絶え間ない遺伝攻撃をうけた結果,Y染色体は自らの上に載っている情報を投げ捨てはじめ,生存に真に価値ある遺伝子は,ゲノムの別の場所に移り,そこで安全が保たれるようになりました。情報が失われるにつれてY染色体自身が縮んでいったのです。ヒトの最も複雑な形質の一つである性別は,Y染色体の上に危なっかしく埋め込まれている「男性化」の調節遺伝子の可能性が高く,われわれ男性はかろうじて今ここにいるのだということを心にとめて欲しい。(同『遺伝子』より)
5.ヒトは地球のがん細胞か
 量子から発展した遺伝子は植物,動物などの生物を機能させ,さらにはヒトへと昇華しました。しかし,いま目にしている人間社会の現状は「カオス」の極みです。ヒトは大きな脳を獲得することで「量子」から距離を置いたことが原因していると考えています。新興国では,紛争,テロ,略奪,搾取,貧富の格差拡大が蔓延しています。先進国は,協調よりは自国利益優先が先行し,独裁政治が色濃くなってきました。環境面でも,地球破壊を抑止することが困難です。遺伝子のような名コントローラーなしに自滅への道を突き進んでいるような気がしてなりません。このままでは人類の存在意義が問われ,地球にとってヒトは「がん細胞」との誹りを受けかねません。 


   

投票数:17 平均点:10.00
前
飼い犬と野良猫の想い出話
カテゴリートップ
本物語
次
『詩集 つわぶき』

ログイン


ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失