有限会社 三九出版 - 二つの川柳


















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               二つの川柳

                      服部 元夫(宮城県仙台市)

 「何事も 無かったような 顔で寝る」(牧野無名子)
 これは,仙台市の郊外にある,大聖寺の境内に建つ石碑に刻まれた川柳です。
 10年前に,6人兄弟の中の次兄が63歳で亡くなりました。心筋梗塞で急逝でした。
 兄は,兄弟の中でも特に勤勉,篤実,温和な性格で,学業成績も良く,大学卒業後大手の都市銀行に就職しました。結婚して二人の子供も産まれて,傍目には幸せそうに見えました。ところが,職場のストレスが原因で,ウツ病を発症,入退院を繰り返し,家庭崩壊,離婚,退職と,まさに人生の坂道を転げ落ちました。退職後,仙台で亡くなるまで,孤独な独り暮しでした。兄弟達の支えで何とか自死を免れました。
 その兄の葬儀を執り行った寺で,あの川柳を見たのです。悲惨であった兄の人生をぼんやり考えている時でした。永遠の眠りについた兄の死顔は驚くほど穏やかでした。一切の苦役から解放された男の顔でした。どんな波瀾万丈の人生を過ごした人でも最期には,静かな無の世界に入っていくのです。この川柳を見たことがきっかけで,わたしは,川柳の奥深さ,面白さにのめり込んで行ったのです。

 「余命一年 夕焼が美しい」
この川柳は,昨年のNHK仙台放送局の川柳短歌大会で,「美」と云う課題で入選した私の作品です。2年前肺ガンで亡くなった親しい知人から聴いた話が基になっています。人間は死を意識するようになると,それまで何気なく見ていたものが美しく見えたり,日頃,世話になっている人達の親切が,本当にありがたく思えるようになると云うのです。この気持ちは,老境に入った人か,現実に死期を悟った人でないと,なかなか理解しがたいかも知れません。人間の本質に迫る川柳は,長い人生経験が無いと,深みが出てきません。それだけに,川柳は老いを感じた方々にぜひ勧めたい趣味なのです。
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