有限会社 三九出版 - 《自由広場》  『武右衛門の遠野物語』


















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――《自由広場》――

        『武右衛門の遠野物語』

          郷原 武志(千葉県我孫子市)

 武右衛門一家は,武右衛門が所用で盛岡に出かけることになったので,ついでにその后と姫を伴っての三泊旅行としゃれ込んだ。
 東北新幹線は,朝が早かったせいと思われるが,指定席もがらがら。ゆったりと腰掛けて北へと向かう。一関で新幹線を降り,そこから平泉までは東北本線。東北本線というから列車とばかり思い込んでいた武右衛門は,2両編成の電車を見てこれが本線かと疑った。
 隣席のご老人に「今日は平泉観光」などと話しているうち,電車は静かに停車。それとも気づかず,なお話し込んでいると「ここがその平泉です」と。あ〜びっくり。
 平泉では中尊寺と毛越寺で半日遊ぶ。ここは松尾芭蕉が綴る「奥の細道」で最も美しいといわれる日記を残したところ。ガイドの説明にもその節々が散りばめられた。
《三代の栄耀(えいよう)一睡(いっすい)の中にして,大門の跡は一里こなたにあり。〜「国破れて山河あり,城春にして草青みたり」と笠うち敷きて,時の移るまで涙を落としはべりぬ。
   夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡………》
 若し,他に観光客が居なければここでその一節を朗詠したいところ。
 初日の宿は花巻温泉。平泉から再び東北本線に身を委ねる。電車は花巻駅に定刻どおり到着。宿への連絡バスには3分というので大急ぎで改札を出たが,そのバスも定刻16時20分ぴったりに,お客がまだぞろ出てくるのを尻目に発車。あ〜あ。
 2日目。JR釜石線は,花巻から釜石まで約20の駅が連なる2時間の旅である。始発の花巻駅から3両編成の電車は数人の乗客を乗せて,ここ新花巻駅で武右衛門家族はか10人程を拾い発車した。<遠野>はその中間あたり。
 カッタンコットン カッタンコットン,リズミカルな音が心地よい。時折ピィーツ,ビィーッと踏み切りもないのに警笛?を鳴らす。幾つかの短いトンネルを過ぎるとやや開けた辺りに出た。「次はとおの・次はとおの」。遠野の駅が近いらしい。一面に広がる黄金色の稲田のその奥に,白い煙が立ち上ぼり,やがて風に流され長い尾を靡かせていた。遮蔽物が途切れたところでデジカメのシャッターを押す。
 遠野駅の停車時間は僅か5分,〈カッパ渕のかっぱ探し〉や〈「どんとはれ」のロケ地探訪〉などは次回にお預け。電車は,幾重にも重なる山々のその谷間を縫うように,或いはまた,谷間が見つからない所に差し掛かると,今度はトンネルに潜り,漸く鉄の町釜石に着いた。この区間の線路の最高地点は500メートルという。
 釜石から宿の在る宮古の間はJR山田線,釜石から南は三陸鉄道南リアス線,宿の宮古から北へ三陸鉄道北リアス線が連なる。なのにこの釜石から宮古の間に「リアス」の名称が付かないのが少々不満,この間も武右衛門が中学校で「鋸の歯のような海岸線が連なる海辺」と教わったリアスの情景が連なっているのだから。それにしてもその「鋸の歯」が深く大きいことには驚いた。
 釜石から宮古に至る間には面白い名前の駅が多い。<鵜住居><大槌><吉里吉里><波板海岸><津軽石>…。大槌のホームに「ひょっこりひょうたん島のモデルになった島」とある。后が近くに居た車掌に「その島はどれ?」。動き出した車両の窓から「あれ…あれです」と車掌。そして「次はきりきり」と車掌の声がしたところで例の后がまたも「その駅の名前の謂(いわれ)は?」。「昔,吉里吉里善兵衛という大金持ちがこの地に住んでいた」とさ。<岩手船越>という駅があり,そこは本州最東端の駅とある。車窓から開けた海辺に沢山の筏が浮かぶ。みたび,后は車掌室へ。「あの筏は何ですか?」そして席に戻り「ホタテの養殖だって」。やがて「次はつがるいし」。このころになると車掌も出張サービス。「駅を出ると間もなく見える川が“つがるいし川”といいます。鮭が遡る日本最南端の川です。前方の山の頂きの鉄塔は航空自衛隊のレーダー基地で,太平洋を睨んでいるのです」と。宮古市の浄土ヶ浜が2泊めの宿。
 浄土ヶ浜は,昔この地を訪れた和尚が「さながら極楽浄土のごとし」と感歎したとのことから名付けられたという。陸中海岸国立公園を代表する景勝地である。
 3日目は盛岡へ。宮古からまたJR山田線。2両編成の車両に2人の美女車掌。日く「JRリアス線盛岡行でございます」。内陸を走るのに「リアス線」?ここも2時間の旅。カッタンコットン,ピィーッと喘ぎ喘ぎお客を運ぶ。<区界>という駅で5分間の停車。発車すると電車の音がいかにも軽い。さては峠を越したか,「くざかい」はこの路線の最高地点? 何よりの証拠に水の流れがこれまでとは逆になっていた。北上川の源流の一つかな。昼前,一行は無事盛岡に到着。翌日,小岩井農場を観光して,后と姫は遠野物語の旅を締め括り,帰路に就く。――どんとはれ。
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