有限会社 三九出版 - お寺の鳩を食わせる?


















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《自由広場》 
                    お寺の鳩を食わせる?
                            松井 洋治(東京都府中市)

 先日,大学での授業中に「19世紀,イギリスで…」と言いながら,ボードに「19C 英国」と書き,ふと思いついて「君たち,どうしてイギリスを英国,アメリカを米国と書くのか知っているよね?」と尋ねてみた。反応は,全員が黙って首を横に振るばかり。
 「高校時代,世界史で“日英同盟”とか“日米通商条約”とか教わった際に,疑問に思わなかったかい? また,先生からも何も説明はなかったの?」と訊いてみたが,「はい…」という返事だけ。
 そこで,思い浮かぶままに,“イギリス=英吉利,フランス=仏蘭西,アメリカ=亜米利加,オランダ=阿蘭陀,トルコ=土耳古”とボードに書き,わが国では古く奈良時代から,外国の国名を含む海外の情報は中国や朝鮮から得ることが多く,現在でも全ての文章を漢字で書く中国にならって,国名を漢字表記する方法が明治時代まで続いたが,カタカナが普及するにつれて,カタカナ表記に切り替わっていったことを説明し,更に,「米(こめ)の国は日本だよね。どうしてアメリカが“米国”なの? しかも日本がなぜジャパンなの? パンはアメリカでしょ…」とダジャレを交えながら,「英国」「米国」など一部の国については,現在も,略称として日常的に使用されていることを付け加えた。
 また,数年前に中国の留学生から「中国では,アメリカのことを“美国”と書きます」と教えられたことについても,中国・台湾では「アメリカ合衆国を“美利堅合衆国”,略して“美国”と書く」と補足しながら話したが,学生たちは「へぇー」と感心するだけのため,もうひとつ「アメリカは,ここに書いたとおり“亜米利加”だけど,じゃあ,どうして“亜国”ではなく,“米国”なの?」と質問をしてみる。しかし,またしても,全員が首を横に振るばかり。そこで,中国で「美利堅合衆国」と呼んでいるように,「アメリカ」の発音は「メ」にアクセントがあり,「ア」はほとんど聞き取れないため,「アメリカ」は「メリカ」に,「アメリカン」は「メリケン」に聞こえたことから,明治時代初期には日本でも「米利堅」と表記したこともあること,その名残りが本来は「アメリカン粉」のはずが「メリケン粉」という言葉に残っていることも説明した。さすがに「メリケン波止場」にまでは触れなかった。多分「波止場」という日本語すら,分からないだろうと思ったからである。
 しかしそれも,クラス全員が「平成生まれ」であり,その両親たちのほとんども「戦後生まれ」であることを考えれば,無理からぬことかもしれない。ましてや,ロシア=露西亜,スペイン=西班牙,エジプト=埃及,ニューヨーク=紐育,サンフランシスコ=桑港,ロンドン=倫敦,パリ=巴里,ベルリン=伯林 などの漢字表記は,既に骨董的な価値(?)しか持っていない気がして,そこまで話を広げるのは見合わせたが,90分の授業の中で,10分程度は,授業とは直接関係のないこんな話を入れることも,講師稼業を10数年やっていると,毎回,当たり前のようになっている。
 ところで,この「国名の漢字表記」に関しては,次のような笑い話的経験がある。
 箱根を主体に5か所でホテル経営をしている企業の本社で経理課長をしていた頃のこと,毎月,監査のため来社していた公認会計士の先生から「この会社は,客にお寺の鳩を食わせているのかい?」と訊かれた。全くご質問の意味が分からない。「先生,一体何のことでしょうか?」「この納品書を見なさいよ,ホトケのハトと書いてあるじゃないか,お寺の鳩だろ?」と。「ホトケのハト」という読み方で直ぐに分かったのだが,急におかしくなって笑いが止まらない。会計士の先生は,きょとんとしていらっしゃる。勘のいい方は既にお気づきかもしれないが,納品書の表示は「仏鳩」,つまり「フランスから輸入した養殖された食用の鳩肉」なのである。
やっと笑い終えた私の説明に,会計士の先生は,私の数倍大きな声で笑い始めた。その時,私は,次のような別の話を思い出して,先生にもお伝えした。
 作家の故・遠藤周作は,慶應義塾大学・文学部「仏文科」の卒業である。
 いうまでもなく「仏文科」は「フランス文学を勉強するところ」であるが,周作先生は,ある講演会で,真面目な顔でこう話したそうだ。
 「私は文学部を受験し入学するまで,“仏文科”は“仏教文学を勉強するところ”で,外国語は苦手だけれど,“仏教”ならば,漢字か日本語だけの授業だろうと思っていたのに,入ってみてびっくりしましたよ。フランス語なんだもの…」と。
 「狐狸庵先生」として,ダジャレや冗談がすきな作家だっただけに,どこまで本当のことかは分からない。
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