有限会社 三九出版 - 小 さ な 碁 会 所


















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《自由広場》 
                    小 さ な 碁 会 所

                            服部 元夫(宮城県仙台市)

 仙台市の東の郊外にあるアパートの一階の一部屋が私の個室であり,碁会所です。
 私が,この小さな碁会所を持てたのは,思いもよらないことがきっかけです。平成23年3月11日の大震災のため,私の住んでいるマンションが全壊認定を受ける程の被害を被りました。家具,電化製品,食器などが破損して,2トントラックに満載する震災ゴミが出ました。それでも家族3人怪我はありませんでした。ところがその日から,電気,都市ガス,水道などが止まり,マンションのエレベーターもストップしたため,11階の我が家は,一時陸の孤島状態に陥りました。電気と水道は数日で復旧しましたが,都市ガスは基幹設備が大津波で破壊したため,数ヶ月は復旧困難であると仙台市が予測を発表しました。そうなると都市ガスに頼っている風呂が使えなくなりました。そこで我が家の近くで,プロパンガス使用の風呂を持つアパートを借りることにしました。大家さんの好意で,敷金,礼金なしで月3万円と格安な家賃です。1Kのフローリングでバス,トイレと少し古いエアコン付きでした。このアパートに親子3人風呂のために1ヶ月ほど通いました。ところが全国から3000人以上のガス技術者が応援に入ったため,3ヶ月はかかると見られていた復旧が1ヶ月で達成されました。そうなると風呂だけのために借りたアパートは不用になりました。その時返してもよかったのですが,かねてから自分の個室を持ちたいと思っておりましたので,私の個室として使うことにしました。
 少子化時代の昨今では,子供が個室を持つのは当たり前のようですが,戦前に子沢山の家庭に育った私には個室は夢のまた夢でした。多分,生涯個室を持つことはないだろうなと,半ば諦めていたのです。せっかく手に入れた個室です。何とか有効に使えないかと考えました。
 私は趣味が多くて,その数十指に余りますが,中でも一番好きなのは囲碁です。
 囲碁はいくら歳をとっても出来ますし,交友関係も広がります。碁打ちはだれでも囲碁三昧の楽しみを味わいたいと思うものです。そこで,小さな碁会所にすることにしました。碁盤と碁石は自宅にあったものと,友人,知人から寄贈されたもので4組揃えました。机4面と椅子8脚は震災で捨てられそうになっていたのをもらったり,リサイクルショップから買いました。 かくして,日本一小さな碁会所が誕生しました。
 碁が飯より好きで,対戦相手を求めている方だれにでも来ていただくのが理想ですが,なにしろ碁盤が4面しかありません。そこで会員制にしました。現在12名の会員がおります。全員サラリーマンのOBで年金生活者です。年齢は65歳から73歳,囲碁が何よりの趣味で,毎日でも打ちたい人達です。棋力は初段から3段程度です。そこそこの小遣いと有り余る時間を持っていることも共通しています。しかし,全員が一度に対局することは出来ませんので,月曜日と水曜日に分けて集まり,対局します。そのほかの曜日は自由対局日にして打ちたい人が来て打ちます。営利目的ではありませんので,会費や席料(入場料)は一切ありません。何より家族に気兼ねする必要はまったくありませんので会員の満足度はかなり高いのです。共通の趣味を持つ人たちと過ごす機会を持つことは実に楽しく,私の新たな生き甲斐になりました。碁会所にして本当によかったなあと思っています。
 人間万事塞翁が馬ということわざがあります。不幸がその後の幸せの原因になったり,その逆もあることを教えております。あの大震災がなかったら,都市ガスが止まらなかったら,アパートを借りる必要はなかったのです。思いもかけない災いが,私に個室をもたらし,小さな碁会所を開く幸運を与えてくれました。災いが転じて福となることを,生まれて初めて実感しました。

 『本物語』を発行している三九出版から「男,70代の使命」のテーマで原稿募集の知らせが来ました。「使命」なんて言われるとつい腰が引けますが,「70代の男としてやるべきこと」ぐらいに考えればだれでも答えられるでしょう。私自身の答えを言いましょう。それは,小さなことでいいから社会や他人のために貢献しながら生きることです。2年前,古希の歳に第2の職場を辞めた時に心に決めました。一切見返りを求めず自発的に世のため人のためにする行動はボランティアといわれます。私は自分の知識,能力,特技,趣味などを生かしてボランティアをして行きたいと思います。ただ惰性で生きるのではなく,何か目標を持って生きることは生き甲斐のある暮らし方です。自分も楽しみながら人のためにやることは長続きします。この度,私が小さな碁会所を作ることを思いついたのは,常にこうした思いが根底にあったからです。

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