有限会社 三九出版 - 当たらない経済予測


















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《自由広場》 

不確実性の経済を考える・第1回
                     当たらない経済予測
                            吉成 正夫(東京都練馬区)

 
 経済やマーケットの実務に携わってきたなかで,なぜこれほど経済見通しが当たらないのかと不思議に思っています。経済の理論は化学や物理のように実験ができません。それだけに,理論と現実の乖離を最小限にとどめることが必要です。
 会社では経営計画を立てる前に,経済がどのようになるかを考えます。そのために人材を集め情報装備にかなりの資金を投下します。かなり力を入れているはずなのに,予測の精度はきわめて低いのです。まず過去の予測と実績を比べてみます。
 日本経済研究センターでは,「ESPフォーキャスト調査」を実施し発表しています。このうち予測する年の前年11月頃に実施された実質経済成長率の予測にしぼって予測精度をチェックしました。対象期間は1978年から2012年までの35年間。予測値と実績値(内閣府発表)の比較です。40機関(人)前後の予測値のうち「最も低い成長率」と「最も高い成長率」の間を「予測圏(最高値と最低値を除く)」とします。実績値が「予測圏」にあれば予測が当たったことといたします。
 35年間で,実績値が予測圏に収まった期間は11回(予測精度31%)でした。ただし,1978年から1989年までの12年間では7回(予測精度は58%)。1990年から2012年までの24年間では4回(予測精度17%)と成績が落ちてしまいます。この予測と実績の差異比較から興味深いことがいくつか観測されます。
 第一に,前半12年間の予測精度が高かったのは,グローバル化がそれほど進展せず,閉ざされた経済圏での予測であったために予測的中度は比較的高かったと考えられます。1990年以降については,1989年に冷戦が終結し,先進国から新興国へ「技術」「資本」「ヒト」が大移動するなどの国際環境の激変があり,それまでの予測モデルが通用しなくなったのではないでしょうか。
 第二に,予測がはずれた期間は,主として経済変動が上下に大きく変動した期間であって,予測値が経済の動きについていけませんでした。このことは,経済の底流にある潮の流れを読み取ることの難しさを物語っています。生き物である経済がどのように動くかを見極めることは想定以上に難しかったようです。
 第三に,19世紀から20世紀にかけて自然科学や技術の進歩が著しかったため,社会科学も論理的思考でなければ科学ではないという枠に捉われ,人間社会をあるがままに観察できなかったと思われます。
 複雑な経済社会を簡単にモデル化することで理論化するとか,あるいは数式や統計学を多用し論理的な形を整えようとした,などです。論理性を追求することで経済学や投資理論の進歩に貢献してきたことは確かですが,多様で複雑な人間社会の実態から大きくずれてしまったことも否めません。

 将来,経済やマーケットがどのように展開していくのかを知りたいのは誰しもが願うことです。経済学に求められているのは,私たちが経済生活にどのように対応していったらよいのかを示してくれる処方箋です。経済学の始祖であるアダムスミス、ケインズは,確かにその当時の経済の課題に処方箋を示してくれました。
 1971年のニクソンの金ドル交換停止,冷戦終了を経て,自由化,金融化,グローバル化,そして最後に証券化の進展と相俟ってさまざまな矛盾が表面化し,リーマンショックを引き起こしてしまいました。リーマンショックは1929年の世界大恐慌に次ぐ規模の恐慌と言われていますが,まだ多くの問題を抱えたままです。
 処方箋のなかでも枢要なウエイトを占める「将来予測」がこれだけ当たらないのですから,経済学,経済理論を再考する時にきているのではないかと考えてしまいます。幸い?「経済学は何をすべきか」(岩井克人他6人の共著,日本経済新聞社,2014.2.7)が出版され,岩井克人教授は「経済学に罪あり」と断じています。教授は,新古典派経済学の資本主義観とケインズの不均衡動学的な資本主義観を対比し,「1980年以降のグローバル化は,『見えざる手』の働きに全面的な信頼を置く新古典派経済学の壮大な実験でした。それは、資本主義をなるべく純粋にし,世界全体を市場で覆い尽せば尽くすほど,経済の安定性も効率性もともに最大限に達成されるという理論でした。だが,この壮大な実験は壮大に失敗しました」と述べています。明快で全く同感です。
 現役時代,経済学の果実を利用する実務家の立場にいましたので,僭越ではありますが,そうした課題について仮説を交えて考えてみたいと思っております。
 次回以降は,著名な経済学者の「経済予測批判」,「複雑系の科学」が示唆する経済・マーケットの考え方等をテーマといたします。




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