有限会社 三九出版 - ケインズの「アニマル・スピリット」


















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《自由広場》 

不確実性の経済を考える・第6回
            ケインズの「アニマル・スピリット」

                     吉成 正夫(東京都練馬区)

 ケインズは,現代資本主義には投機性のみならず,人間の本性にもとづく不安定性があると考えています。企業が投資をするとき,「将来どの程度の収益が期待できるだろうか」と考えます。大きなプロジェクトは10年単位あるいは30年から50年の長期にわたります。このとき市場の状況,消費者の嗜好,流行の先行き,さらに政治体制,国際関係といったあらゆるファクターを考慮しなければなりません。これを正確に予測するのは不可能なのです。ですから投資を行うということは,不確定な未来に向けての決断であり,ある意味では「賭け」です。単に状況に適応するのではなく,自分が市場の条件を変えて新たな事業展開をうみだしていこうとする精神が重要な役割を果たします。この得体のしれない「あいまいなもの」をケインズは「アニマル・スピリット」(平たく言えば「やるぞ!」という気概です)と呼びました。
 未来が不確実だからといって,合理的な投資計画を立ててリスクを管理しようとしますと,安全確実な活動に限定されてしまいます。ケインズは「もし、アニマル・スピリットが鈍り、自生的な楽観が挫け、数学的期待値以外にたよるべきものがなくなれば、企業は衰え、死滅するであろう」と記しています。
 また大不況の最大の原因は,将来について悲観的ムードがスパイラルに拡大することにあるので市場の自発的な回復は期待できません。そこで,市場の外部から,政府が財政政策で支出を増大し,有効需要を人為的に注入することこそ不況脱出の決定的な方策であると理論づけました。将来に重要な影響を及ぼす人間の行動は,数学的な期待値を厳密に計算することで決定されるものではないと繰り返し強調しています。また景気を回復させるには,金融財政政策に併せて企業活動に望ましい政治的・社会的な雰囲気作りが欠かせないのです。
 ただ一方でケインズは健全財政を守るべきとしていますから,我が国のように政府債務がGDPの200%強に達している場合には単純にはいきません。政府債務から政府資産を差引すれば120%程度に収まりますし,我が国は世界最大の債権国で2014年末現在の対外純資産は366兆円に達しています。それでも更なる経済の効率化をサポートするためにも財政の健全化が欠かせません。
 ケインズの伝記作家,スキデルスキーは「彼は、われわれは将来何が起こるか判らないし、また予測することもできないと洞察した」と述べています。つまりケインズは「元祖、不確実性の経済学者」であって,最近再評価されている所以でもあります。
彼の時代は大恐慌の時代でしたが,ここから二つの洞察を導いています。
 一つは,有効需要の原理についてです。古典派経済学の理論によれば「自由な競争に任せておけば市場メカニズムが働く」,つまり不況になると,雇用が減って賃金が下がり, 企業はコストが安くなった雇用を増やしますから失業は解消されるはずでした。しかし先進国の不況は深刻化するばかりです。ケインズは,古典派の理論は特殊な状況では当てはまるが,自分の有効需要の原理は一般的な状況で当てはまる「一般理論」であるとしました。
 二つ目は,アメリカのような裕福な国がなぜこのように窮迫的な状況に陥るのか,もっと「一般的見地」から考察しなければならないということでした。
 ケインズの一般理論は,行き詰まっていた経済に活路を開き光明を見出す理論として経済学者や政策当局に受け入れられていきました。しかしその後1970年代の後半にかけてフリードマンの新古典派経済学へとゆり戻されてしまいました。その新古典派経済学もリーマンショックで決定的な打撃を受けます。ケインズ経済学か(新)古典派経済学か,歴史の流れを追っていきますと,経済環境が変化する都度,主流になる経済学が変わってきたことがわかります。時代の先行きを見通すことで指針を示すことが経済学の役割だと思うのですが,逆に経済の動きに経済学が引っ張り回されているのです。ケインズの生きた時代は,確実性から不確実性への移行期でしたが,このような時代の変化に対して,ケインズは「自分を取り巻くすべての世界」が,自分の経済学的思考を肥沃にしてくれたと述べています。時代が変われば経済学の思想も時代に先んじて脱皮していく。ケインズの貴重なメッセージです。彼は「豊かな社会では、実際の生産量と潜在的な成長量のギャップは拡大し『豊富の中の貧困のパラドックス』が生じる」また「豊かな社会では投資の機会が少なくなり利子を下げていかないと投資誘因がなくなってしまう」と述べています。現在の欧米,日本などの低金利,超金融緩和の現状を的確に予言しています。
 以上,4回にわたりケインズの「不確実性経済学」をご紹介いたしました。





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