有限会社 三九出版 - 素 朴 な 疑 問


















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《自由広場》 
              素 朴 な 疑 問

                   柴田 雄二(埼玉県入間市)

 私も68歳を迎え,一昔前なら隠居生活というところであろうが,今の同世代はまだまだ気分も若く,私もご多分にもれず,ボランティア的精神を持ってある仕事をしている。ところで私は第一の職業人生を航空自衛隊の操縦士として務めた。仕事以外の関係で知己を得た人は,私がパイロットだと知ると,いろいろなことを聞いてこられる。曰く,パイロットはどんな人がなるのか。曰く,沢山の計器をどのように見ているのか,速さはどのように感じているのか,上空から見た景色はどうか等々,いろいろな質問が飛んでくる。本誌に寄稿を求められたのも,その辺りの興味かなと感じている。
 「パイロットはどんな人が向いているのか」,一口で言えば,心身ともに健全,偏りのない人が向いている,と答えている。単純ではあるが,実は普通であることはなかなか難しい。
 「どのように選考されるのか」,先ず,航空身体適性検査を受け,ほぼ同じ時期に心理適性検査を受ける。これに合格した者が,実際に飛行機に乗って,操縦適性検査を受ける。我々の頃は9回,飛行検査があったと記憶している。操縦適性検査に併行して,航空心理の専門家の面接も行われる。これらをクリヤーした者が,晴れて操縦教育を受けることになる。初級の練習機から実用機まで概略4つの飛行教育課程で約2年の教育を受けた。この間,基準時間内に所定の技量に到達しない者は,課程を免ぜられることになる。今思い出しても緊張感のある日々だった。操縦課程を終えると,操縦士の資格を付与されるが,実はここからが操縦士のスタートと言ってもよい。この後も一人前のパイロットになるために日々訓練が続いていくことになる。
 「沢山計器があるが,全部見ているんですか?」,見ています。但し,漠然と見ているのではなく,「ワングランス,ワンチェック」(ひと瞬きの間に一つの計器を確認),姿勢指示器を中心に,その時パイロットが必要とする情報を示してくれる計器をチェックし,また,姿勢指示器に戻り,また,他の計器というように,至短時間に各種計器をチェックし,航空機が現在どのような状態にあるかを総合的に判断し,操縦している。紙に書くと簡単なようだが訓練当初はなかなかうまくいかず,つい何かの計器に集中し,操縦がおろそかになり,厳しい指導を受けたものである。パイロットは鞍数とも言われるが,訓練を重ねるにつれて,その能力も向上してくる。
 「高いところから見る景色は素晴らしいでしょうね」,そうですね。そうでもないですよ。半々というところか。仕事ともなると天気の良い時もあれば,悪い時もある,また,夜間或いは任務によっては非常に厳しい場面での操縦ということもあるので,外の景色をゆったりとした気分で満喫という訳にはいかない。それでも秋から冬にかけての空気が澄んで見通しが利く時は, 爽快な気分にもなり,「よくぞ男に生まれけり」という気持ちになる(今は女性も採用され,別の表現が必要か)。昭和40年代,操縦を習い始めて20数時間の時に,初めて夜間飛行があり,徳山の上空から眺めた,光をちりばめたような地上の風景は未だに印象深く記憶に残っている。
 「どんなふうに見えるんですか」,高度にもよるが,そっけない返事ながら「地図の通りです」。しかし,天候,高度,速度等により,千変万化と言ってよい。高度が高ければ高いほど,ゆったりとした景色の変化と言えようか。今は多くの人が飛行機に乗る時代であり,窓側で翼から離れた席であれば,外も見えるので,天候に恵まれた時には地上の風景を楽しまれる人も多いのではないかと思う。
 「速いでしょうね」,確かに飛行機は速いが,人間,速度感を感じるのは対象物があってのことである。高い高度で飛行する時は,計器で速度は認識するものの,体感としては,地上の風景はゆったりと変化するので,皆さんが思われるほど,速度感を感ずることはない。特殊な飛行で地上すれすれに飛べば,速いと体感(実感)出来る。乗客で搭乗する場合は,むしろ離着陸時に速度を感じられるのではなかろうか。
 基地の航空祭において,ブルーインパルス(航空自衛隊の曲技飛行チーム)の飛行展示があり,航空ファン,飛行マニアに感銘を与えているが,彼らも最初からそういう飛行が出来るわけではなく,日々の訓練を重ねて,その域に到達している。どの分野でもそうだが,第一人者といわれる人達の技能,作品,演劇等はそれらに接するあるいは鑑賞する人達に感銘を与える。それはその結果だけでなく基礎から一歩一歩積み重ねて一流といわれる域に到達する過程における努力,また,人間の能力の無限界性のようなものが感銘を与えるのだと思う。話がやや横道にそれましたが,皆様の疑問のほんの一部の答えになっていれば幸いです。



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