有限会社 三九出版 - 父と山野草と


















トップ  >  本物語  >  父と山野草と
父と山野草と
白井 栄一(千葉県流山市)

私は昭和14年に樺太(現在のサハリン)の落合町大谷字大谷という小さな集落で生まれ,終戦の翌年に地元の小学校に入学したが,その夏には学校が自然休校となってしまい,それから2年近くは魚釣りや山菜取りなどをして楽しい日々を過ごした。そして昭和23年5月, 北海道空知郡奈井江村に引き上げてきたが,そこは周囲を山や原野に囲まれた田舎で,ワラビ,ゼンマイ,コゴミ,フキ等の豊富な所だった。それに父が山菜好きだったこともあり,山菜取りも私の遊びの一つとなった。その遊びの中で,ワラビは丘や低い山の日当たりのよい草地に生え,幼児の拳のようにこごんでいる15センチぐらいまでのものが食べごろであること,ゼンマイは丸く巻かれて茶色の綿に包まれ,指でつまんでみて平らなものが食用で,ハマグリのように脹らんでいるのは「おとこぜんまい」で食用にはならないこと,などを父から教わった。
山菜の好きだった父は,野山の山菜の季節が過ぎ去ったときのためにワラビやフキを塩漬けにして保存食としていた。その父が48歳の若さで胃癌のために「天の風」となってしまったが,その後,ワラビにはビタミンBを破壊するアノイリナーゼという成分,また発癌性物質が含まれていることを知り,父の死とワラビの間には相関関係があったのでは,などと思ったりしている。
しかし子供の頃の山菜取り遊びで馴染んだ野草に対する親しみは薄れることがない。
牛や馬の有毒・無毒を嗅ぎ分ける本能は凄いものだそうだが,きれいに食べ尽くされた放牧場でもワラビやレンゲツツジ,スズランは食べられずに咲き誇っている。
野草はその美しさや可憐さ,味の良さ,また薬としてだけでなく,布となって人々を喜ばせてくれるものもある。ゼンマイの棉を布団に詰めたり,手毬の芯に用いたりすることは知っていたが,「ゼンマイ紬」という珍しい布がおられていることを最近になって知った。ゼンマイの棉は切れやすいので真綿と混ぜて糸を紡ぎ,経糸を絹,緯糸にこの糸を織り込んで「ゼンマイ紬」が誕生する。山形県と新潟県の山懐の里でまるでウールのような風合を持ったこの幻の布が甦ったのだという。
また,クマガイソウ,アツモリソウのように豪華絢爛な戦国絵巻を思わせ,無常をも感じさせる名前や,タヌキマメ,ウナギツカミ等々の愉快な名を持つ野草もある。
父と自然から学んだ山菜・野草が持っている魅力をこれからも楽しんでいきたい。

投票数:42 平均点:9.05
前
バーミアンの石仏
カテゴリートップ
本物語
次
世界の人々を見る目

ログイン


ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失