有限会社 三九出版 - 樹木葬・花になる仏たち


















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☆好齢女盛(こうれいじょせい)もの語る 

           樹木葬・花になる仏たち 

            鈴木 美惠子(埼玉県川越市) 

 「鈴木家のお墓には入りたくない。墓は個人のものだと考えている」と,日頃思っていることを夫に伝えた。
 どんな反応があるだろうかと,内心ひそかにドキドキしていたところ,返ってきた言葉は「その通りだと思うよ。自分も鈴木家の墓に入るつもりはない」と。
 夫の両親は仙台の寺に葬られているが,寺の在り方に疑問があるのだと言う。
姑の葬儀の時は考えてもみなかった程の高額な戒名代を請求された。納骨の際の事務的なやり方にもおどろいた。春秋の彼岸,盆や施餓鬼のお包みに管理費と,年間に納める金額は少なくない。高価な調度品に囲まれた住職の暮らしぶりを見るにつけ,何か割り切れない気持ちを拭うことが難しい。形骸化した檀家制度は封建時代に身分を束ねたことの残骸のように思えてくる。
 このような事から離れて,自分は自分らしいピリオドの打ち方をしたいものだと考え始めたのは50代半ばを過ぎた頃からだった。
 墓石が林立する都市の墓地には私はなじめない。郊外の丘陵地帯を切り開いて造成された霊園墓地は商業ベースのような気がして,何か落ち着かない。海への散骨だって自然を汚すものだ。もっと他に自然回帰できる方法はないものだろうか。白洲次郎は「戒名無用、葬式不要」と言ったが,子ども達に迷惑をかけないためにはどうしたらよいのだろうか。「私が最も自分らしく心安らかに眠れるのは何だろう?」と,常々そんなことを考えながら暮らすうちに,樹木葬のことを知った。
 私は樹木葬にとても興味を持った。やがて新聞,雑誌などから岩手県一関市祥雲寺の知勝院についての資料を集める事ができた。日本最初の樹木葬墓地を持つ知勝院。ここを夫と共に訪れた。この日は奇しくも58歳の私の誕生日だった。
 知勝院をたずねるとゴム長靴・作業着姿の住職,千坂嵃峰(ちさかげんぼう)氏が私たちを迎えてくださった。
 樹木葬の墓地は静かな里山だった。住職の案内で山道を歩いた。入口の棚田にはトンボが飛び交っている。時折聞こえる小鳥のさえずり,なだらかな斜面をぬう小道には,所々にベンチが置かれている。やわらかな木洩れ日の中を行くほどに,足元には山野草が小さな花や実をつけている。何と癒される所なんだろう。私が墓地にしたい
所は,まさにこういう所だと思った。
 山をひと廻りして下りてくると池があり,春にはモリアオガエルが樹上の産卵をするとのこと。そして蕎麦店を営む私たちを迎えるかのように,ソバ畑があった。真っ白なソバの花は満開で,まぶしく光り,風にゆれていた。
 色々と話をするうちに仙台の大学で教鞭をとる千坂住職は,夫の親戚の者と東北大学での知己であることを知った。その後住職の論文集「五山文学の世界」や他の著作を読ませていただいた。樹木葬の理念は環境保全を考慮していること,哲学者,仏教学者としての住職の高い見識と深い思想に基づくものであることも解った。
 私はここを墓地にしようと決めた。契約した場所には,春に赤い花をつけるヤマツツジの苗木を選んで植えてもらった。
 樹木葬を決めて数年後,私は3人の子どもと孫たちを連れて里山ツアーに出かけた。一関駅から大型ワゴン車を借りて家族でワイワイ楽しい旅だった。
 まずは知勝院の里山墓地を見学。そのあと花巻の宮沢賢治記念館,大沢温泉に遊び盛岡の街を巡って帰ってきた。「お母さん,ほんとにいい所を見つけたね」娘も息子もしみじみそう言ってくれた。私が樹木葬を選んだ訳も,十分に伝わったようだ。見上げると陽の光に気の葉が透き通って輝き,そのむこうに青い空があった。
 ところで,夫は散骨を希望している。ご存知のように,その散骨というのは今のところ墓地ではない場所,海や山に遺骨を細かく砕いて撒く葬法だが,埋葬について制限している「墓地埋葬に関する法律」には散骨についての規定が明文化されていない。したがって,いろいろ配慮をし,節度をもって行うならば違法ではないだろう,という解釈で行われているように思われる。
 一方, 樹木葬は墓地としての許可を受けている。 正式名称は樹木葬公園墓地という。墓地埋葬法での「墳墓」である。自然との共生回帰をうたう樹木葬は,直接地面を掘って遺骨を埋め,土を被せて元に戻す。骨壺は使わず,墓石も必要とされず自分の好みで選んだ灌木を植えるのである。
 ともあれ,「偕老同穴」という言葉があるが,我が夫婦は「偕老」で過ごしてはいるものの,「同穴」はあり得ないのかもしれない。 

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