有限会社 三九出版 - 命救った白いご飯


















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☆好齢女盛(こうれいじょせい)もの語る 

       命救った白いご飯 

          白川 治子(神奈川県横浜市) 

 「好齢女盛もの語る」コーナーに書いてみないかと,友人で『本物語』によく書いている佐藤辰夫さんから話があった。1年後には傘寿。高齢女性という条件だけはぴったりなので,1945年7月の出来事をもの語る気になった。

 「白いご飯のお土産ですよ」と,寝込んでいた私たちは起こされた。暗い電灯の下での真夜中の団欒は,その後のどの食卓光景よりも鮮やかである。一粒一粒が白く輝いていたご飯。74年後の今も,消したくても消せない記憶だ。
 1945年7月9日午後11時過ぎ。軍需工場の視察から帰った父が前夜の宿で作ってもらった折り詰めが,卓袱台に並んでいた。白米ご飯ごときで起こされたのは理由がある。当時住んでいた仙台の庶民には,白米ご飯はぜいたく品。コウリャン,麦,大根の葉,サトイモの茎などをまぜた茶色っぽいご飯が普通で,白米だけのご飯は,「白いご飯」と呼ばれていたのだと母から聞いた。
 終戦間際のこの時期,文系の学生は戦地に理系の学生は軍需工場に動員された。東北大学の化学の教官だった父は,「軍部の命令で学生をバラバラの工場に行かせるのはしのびない。日本曹達は有機系も無機系も研究しているので,一括して引き受けてもらいたい」と,文部省と工場に交渉した。文部省はしぶしぶの承諾だったが,日本曹達は快諾してくれたという。視察と励ましを兼ねて,父は1ヶ月に1度,新潟県の日本曹達二本木工場(今も上越市にある)に通っていた。
 その7月9日。数日前から二本木に行っていた父は,「仙台が空襲される」という噂を聞き,予定を早めて帰宅。今は,上越市と仙台市は2つの新幹線を乗り継いで数時間だが,74年前は戦時中ということもあり2日がかり。途中の直江津(新潟県)に泊ることが多かった。「新潟は米どころ。旅館でも白米ご飯を出してくれたよ。野菜なんかも豊富なんだねえ。いつも豪華なお弁当を作ってくれた」と父は当時の話を繰り返したものだ。「直江津を朝に発って仙台に着いたのは夜の10時ころ。警戒警報のサイレンが鳴りひびく中,北四番丁の家まで歩いて帰ったのさ。街灯なんかないから真っ暗だったよ」
 そして10歳の兄,9歳の姉,4歳の私,1歳の妹が,白いご飯の土産のためにたたき起こされたのだ。食卓を囲んでいたその時,夕立がトタン屋根を打つような音がした。「この音は空襲の始まりだから何も持たずに逃げなさい」という東京の祖父母の忠告どおり,すぐに庭の防空壕に入った。「まだ大丈夫だろう」と父は蛍電球を取りに家の中に。その時,父と1mも離れていない仏壇に爆弾が落下。火花は父を飛び越えて円弧を描き縁側で燃え上がった。辺りの闇と対照的な赤い炎。炎の中に立つ父のシルエット。
 「7月10日の記録」(仙台市復興記念館)によると,10日午前0時3分から2時間にわたる仙台空襲に使用した焼夷弾はM17(1.8㎏のマグネシウム弾)とM47(45㎏のガソリン弾)とある。焼け跡に残っていた大きな波状の厚い板から判断して,わが家を直撃したのはM47。人の重さほどもある爆弾が2個も落ちたのに,1家6人が無事だった。白いご飯が命を救ってくれたのだ。この時兄は「あした食べるから残しといて」と,起きてこなかった。白いご飯が食べられない食糧難は終戦後も続き,それもあって「白いご飯を食べ損なったお兄ちゃん」の話は,長いこと家族で語られることになった。
 「もし」という話は詮無い気もするが,もし爆弾が父を直撃していれば,私は大学進学など出来なかった。更なる「もし」は父がこの日に帰ってこなければ,母と4人の子供たちは熟睡中。父をのぞく5人が全滅し,父は家も妻も子供4人をも失ったことは確かだ。現にご近所では一家全員がお亡くなりになった。父はこの幸運を晩年になってからも何度も繰り返した。
 仙台に親戚がいないので,全焼しても身を寄せる家などなかった。知人の伝手で仙台の北部にある今の大和町で疎開生活を送った。子ども心にもつらかった田舎での生活を約4年で終え,私が小学校3年の秋に仙台に戻ってきた。通った中学校は空襲された地の近くだったので,同級生と空襲の思い出を共有したかったのだが,誰も乗ってくれなかった。被害に遭っていないのだ。不思議に思い調べると,わが家は空襲地区の北東端に位置していた。「なんて運が悪い」と唖然とするが,6人が無事だったのは「なんて運が良い」と思うしかない。
 新米の味は格別だ。でも私はつぶやく。「あの時の方がずっと美味しかった」 
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