有限会社 三九出版 - 《 自由広場 》         歩き遍路の魅力


















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               歩き遍路の魅力

                      武田 喜治(東京都杉並区)

 平成三年四国の高松に転勤した。今から約二十年前で,気が付けば年齢的には四十代の後半にさしかかっていた。仕事と生活とのバランスを取ることの大切さに気付き始めていた頃かもしれない。転勤して間もなくNHKの文化講演会「人間・空海を語る」が午後七時から開催された。讃岐の出身である空海は「お大師さん」と親しまれ,四国の人々にとって郷土の最大の誇りである。新聞社のホールは超満員だった。お大師さんとの出会いは,まさにこの講演会がきっかけであった。同時にこの出会いほど自分の人生にとって画期的で,ありがたいものはなかった。
 お大師さんの生き方や考え方に共感するところが多く,マイカーで三回の札所巡りを行った。その後定年退職して自由な時間が得られるようになったので,最近は春と秋に「一国参り」に出かけ,念願だった「歩き遍路」を楽しんでいる。四国四県を一周するのに二年がかかる。現在二巡目で来春から三巡目に入る。やがてゆったりとマイペースで巡る「通し打ち」にも挑戦したいと思う。
 「歩き遍路」は毎日三十?弱を歩くので身体的にはきつい。足にマメもできる。その痛さをこらえて歩く。各地で地元の人々からありがたいお接待を受ける。歩き疲れている時に「お遍路さん,お接待です」と冷たい飲み物をいただくと心身が蘇ったような気持になる。そして何よりもその心がうれしい。夕方,遍路宿に到着する頃には心身共にくたくたに疲れ果てている。しかし,風呂に入って汗と疲れを流すと気分はさっぱり,実に爽快な気分になる。苦楽は表裏一体をなしており,苦がなければ本当の楽は味わえない。苦しみの代償として喜びがある。「歩き遍路」は心身共にきついけれども,こだわりがないので,無心になれる。無心になると,普段見えないものが見えてくる。
 「歩き遍路」は「出会いの旅」「気付きの旅」といわれる。出会いとは豊かな自然との出会い,地元の人々との出会い,そして自分との出会い,再発見がある。お遍路に行ったことによっていろいろなことに気付き,多くのいわば「生きる知恵」を学んだように思う。さしあたり三点ほどあげれば次のとおりである。
 まず第一に,「現在」を大切に生きること。時間は足早に一方的に過ぎ去っていく。
 我々は「過去」「現在」「未来」があると思っているが,厳密にいえば「現在」はないという見方もできる。なぜなら「現在」と思った瞬間に「過去」に過ぎ去っているからである。「現在」とはまさに一瞬の世界である。そして一旦過ぎ去れば,永遠に戻ってこない。そのことに気付いた時,「この一瞬」「現在」を大切に生きることが大事だと思った。そしてその小さな積み重ねが充実した人生に通じるのだと思う。
 次に,実践の重要性を学んだ。素早く行動に移すことの大切さに気付いた。我々は多くの場合,頭の中で考えを巡らすだけで行動に移さない。そうしているうちに時間が足早に過ぎ去って,あの時ああしておけば良かったと後悔する。たとえよい考えが浮かんだとしても行動に移さなければ何にもならない。何事につけも「思い立ったが吉日」で,頭に浮かんだことをさっさと行動に移すと心は軽やかになるものだ。
 今春出かけた伊予の国は正岡子規の故郷で,俳句の盛んな土地柄。「歩き遍路」は自然や風物と出会い,いわば毎日が吟行しているようなもので俳句を作るのに絶好の機会だと思った。「歩き遍路」の途上で気付いたこと,感じたことなどを俳句に詠む楽しさを味わってみたいと思い,三十句を詠んだ。初めてのことゆえ,お粗末なものばかりであった。でもそれはそれでいい。「百点満点」にこだわって何も行動しないよりも,たとえ六十点でも良いから行動に移すことが大切だから。実際に作ることによってはじめて俳句の楽しさと難しさも分かったような気がした。人生とはとにかく動き出すこと,行動することであるように思う。
 第三に,「感謝の心」の大切さを学んだ。現在自分が存在しているのは両親のおかげであり,その両親もまた両親のおかげである。また「歩き遍路」ができるのは健康に恵まれているからにはかならないと気付いた時,「感謝の心」が起こってくる。しかし「感謝の心」は何も両親,先祖や自分の健康だけに限らない。自然の恵みに対する感謝を含めて感謝すべきことは我々のいたるところにたくさんある。問題はそのことに気付くかどうかである。
 歩くことは体を動かすこと。体を動かすことは心を動かすこと。結局のところ「歩き遍路」の魅力は,いろいろな出会いを通じて日常生活では気付かないことを気付かせてくれることにあるように思う。「歩き遍路」の魅力は尽きないので,これからもずっと続けたいと念願している。
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