有限会社 三九出版 - ――《自由広場》――   『百歳を生きる力』


















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『百歳を生きる力』

菅原 薫(東京都小金井市)

私は,旧知の人たちに会うごとに「百歳をめざして生きていきましょう。」と言い続けてきた。そう言い始めたのは,自分が何歳頃のことだったのか覚えていないが,咋2009年には,高校の同期生2人を失った。73歳であった。2003年9月に高校の同期会があり,同期の女性と話していたら,母親が95歳で健在だという。私の叔母(母の妹),高橋精子と同年配のようなので電話で聞いてみると,「佐藤てるさんのことか。」という。その方の名前がすぐ出てきて驚いたが,尋常高等小学校の同級生で,卒業して以来,一度も会っていない由。
2004年7月,叔母在住の宮城県多賀城市から,故郷,栗駒町(現栗原市内)の佐藤さん宅へ,車で向かった。叔母の長男夫妻,三男,四男と,私と姉が同席したが,96歳の,約80年ぶりの,劇的な御対面となった。
てるさんは,そばの小卓の上にノートを置いて,すべてのことを書き記しているのだという。後にお菓子や写真を郵送したら,そのつど,直筆のお礼状をくださった。
バラを背に 卒寿媼(おうな)の 日記帳
長生きをしても,ぼけたり寝たっきりになったりしてしまっては,つまらない。翌年,97歳で叔母は,詩吟の8段位に挑戦して合格した。免状が部屋に飾ってあったので,私が「これに年齢も書いてもらえばよかったね。」といったら,「おれは年でもらったのではないよ。声でもらったのだよ。」と反論された。(宮城方言では,女性の第一人称も「おれ」である。)長寿には,毒舌や冗談やユーモアも,必要な要素であるらしい。電話では,しまいに必ずやりこめられる。私が独身なのをからかって,「奥さんによろしくね。孫たちにもよろしくね。」といった調子である。
私は東京都小金井市に住んでいるのだが,2007年10月,近所の喫茶店に行ったところ,「書道展 高橋寿々子百歳」というチラシが置いてあった。俳句集も出している方で,叔母より1歳年上である。ママさんは,この方に,数年前まで書を教えてもらっていたのだという。個展会場には,大きな字から小さな字まで,いろいろな書体の書が,たくさん展示してあった。それらの書と,長い間にらめっこをしていた女性は,その方のお孫さんであった。
2008年4月に叔母は満百歳になり,秋の敬老行事で宮城県知事が自宅を訪ねてくれた。県下で一人だけ選ばれたそうで,新聞社やテレビ局の人たちが,たくさん取材に来た。その前々日,県庁から電話があり,詩吟をやっていると聞いたので,当日,何か吟じてくれ,という。そこで,仲間が作った漢詩「青葉城」を吟じたが,間に「荒城の月」を入れて,同席者全員に合唱させた。また,自作の短歌を吟じて,感謝の意を表した。そして,知事に要望があるという。「向学心のある,貧しい子のために奨学金制度を充実させてほしい。うちの子どもたちも,それで助けてもらったのです。」と。――叔母は,戦後,着のみ着のままで満州から引き揚げてきたので,貧しい生活であった。しかも48歳で夫を亡くしたが,「子どもは宝だよ。」が口癖で,6人の子を高校や大学へやり,勉強させ,苦学生が物売りにくると,親身になってせわをした。
菊活けて 百寿の叔母の 戯言(ざげん)戯語
ある朝,叔母が目を覚ましたら,手足がしびれていた。救急車を呼ぶと,軽い脳梗塞であった。そのまま入院して3週間,退院し,自宅療養4週間で精子叔母は他界した。2009年8月のことで,満101歳4か月であった。遺族のうち,孫は13人,曾孫は19人である。
亡くなる何日か前に,健在の4人の子のうち,一番金持ちの三男に電話して,「おれは,もうこれでだめだから,お葬式代はおまえがだせよ。」といった。
通夜には主治医がかけつけてくれて,そらんじていた,叔母作の短歌を披露した。
「目は春で耳は遠くの金華山 百歳(ももとせ)までも生きるしるしか」
(「春で」は,霞んで。「きんか」は,方言で耳が聞こえない意)
斎場の司会担当の女性が取材に来て話を聞き,2冊の小冊子を持ち帰った。叔母は,新聞の折り込み広告の裏などに短歌を書き散らしていたが,同居している,長女(故人)の夫が集めて,清書し,コピーして,白寿と百寿の記念に作った短歌集である。
告別式では,その司会者が,短歌を随所に挟んで,叔母の生涯と,人となりを紹介してくれた。それは,よくまとまっていて,感動的であった。帰りぎわ,私は事務所にその女性を訪ねてお礼を言った。(なお,佐藤てるさんは98歳で,高橋寿々子さんは102歳の誕生日を迎える2か月ほど前に逝去された。)
百一の 叔母の訃報や 蝉時雨
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